《本日のフリーダムメッセージ  やさぐれながらも進んじゃえ♡》

 

春分から、ここまで

随分、バタバタなんだけど、私だけじゃないよね?(笑)

本当に、全体レベルで、大きなリニューアルに向けて

色々あったようです。

 

今日は、久しぶりに自宅に帰りました。

なんと、12日ぶりです(笑)

 

まあ〜当初は、一週間で自宅に帰ろうと思ってたから

途中で、色々買うわ買うわ。

 

新しい服だの、新しいコートだの。

新しい下着だの、新しい靴だの。

新しいバッグに、新しいハンカチと靴下。

 

帰ってきたら、自分の身なり

全身一式丸ごと変わってました。

 

こういうことは、変わる時

見られる現象ですよね。

 

忙しい時に限って

電子機器が破壊されていく

とかも、よく聞く話です。

 

さて、内面的にも

やさぐれモードが、突然、炙り出されてきましたよ。

 

今月、アトランティスの世界的イベントに参加することに

なった私ですが。。。

まあ〜。。。アトランティスは、私のトラウマの宝庫みたいな

ところでして。。。

 

リーブスの仲裕美子さんのブログの記事にもあるように

「アトランティスが終わったのは、私のせいだ」

「大勢の人が死に、絶望したのは私の責任だ」

まさに。まさにですね。

これ、私のことなわけです。

世界開き③:アトランティス覚醒、地中海・ギリシャ

 

まあ〜。アトランティスの時は

わかりやすくダークサイドだったわたしは

チャネリングできる知り合いに

『綾ちゃん、アトランティスの時には

四天王みたいに、世界を燃やし尽くしていたんだね!(笑)』

と言われてしまうほど、激しくダークだったわけです。

 

随分、ダークサイドの自分は

受け入れ続けてきて

究極の闇を見尽くして

知り尽くしてきたからこその

許しや慈悲や解放。

 

そういったものを世界に現してきたし

罪や罰からの解放という役目も受け入れて

ありとあらゆる人々の罪悪感も解放してきました。

 

それが、己だと受け入れて。

 

だけど、ここへ来て、また一段と

やさぐれそうな場面が訪れたんですよね。

 

それが、この世界開きのギリシャの儀式の役割に

関してのこと。

 

皆んなはね、レムリアの神官的なことだったり

陰陽統合的な役割だったりを担当するんですよ。

 

どっちかというと、天使だったり

賢者だったり、光のイメージですよね。

 

でもって、私は、何担当かというと

アトランティス神官。

言い方を変えてるだけでね。

内容は、一人だけ、人間担当なんだと。

 

人間担当では、あまりに露骨すぎるので

アトランティス神官という言い方に変えたのです。

 

ですから気分はですね、ほとんど

もののけ姫のアシタカが

全身毒に侵されながら 

シシ神の首を返す役目のような感じなので

 

どうしても、気持ちは複雑になることも

あるわけです。

 

ああ。。。私はやっぱり闇役でしかないのだな。

どこまで行っても、この役目なんだな。

 

最も深い闇に手を伸ばして

その闇をすくって解放したり、光に昇華できる自分を

誇りに思う側面もありつつも

果てしなく何処まで行っても

自分は自分でしかない事実に落胆のような

打ちのめされるような気持ちになって

やさぐれたりもしました。

 

世界的な儀式における闇代表やれるくらい

闇なのかよ!と突っ込み入れたり。

 

人間代表 闇代表

 

今日午後の半日。

セッション以外の時間の全てを

やさぐれに投じてみました。

 

何処まで行っても

レミゼラブルのジャンバルジャン的な自分に。

 

変わらないもの。

それは、自分そのものだからだけど

みんなはそれが

真似できない格好良さだとか

素晴らしいって口々に言ってくれるけど

でも、女流ジャンバルジャンは

時に、妖精や天使に憧れたりも

することだってあるんだよね。

 

自分はジャンバルジャンばっかりだから。

 

半日、やさぐれて。

やさぐれながらも、進んでみようと思いました。

 

こうなったらさ。

とことんやさぐれてやろう!と思って(笑)

やさぐれの達人になってやろうとすら思いました(笑)

 

でもって、またもや、やさぐれというやつを

研究してみたんです。

 

そこで解ったのは。

 

やさぐれる時ってのは

既に観念していながら、もっと深いレベルで

受け入れがたい自分を受け入れようとしている時に起こる。

 

やさぐれというのは、そういうものなんだね。

 

覚醒というのは 常に

より高いレベルに至るように己を超えてゆき

より深いレベルで受け入れていくものなんだ。

 

その時に、やさぐれは、受け入れるプロセスの際に

発生することがあるもので

 

やさぐれの中にさえ愛を感じて

やさぐれている自分というのは

もっと深いレベルで自分を受け入れようと

頑張っている自分と知り

そのこと自体を愛おしく感じられたら

自分に厳しめのわたしは

もっと自分に優しくなれる気がしました。

 

闇に光あり。

光に闇あり。

何処までも。何処までも。