《本日のフリーダムメッセージ》

~出雲絆記〜その1〜

 

出雲から無事自宅に戻ってきました。

あまりの出来事の多さと学びの多さに
ただただ、圧倒されながら
出雲での儀式も無事に終えて
一斉ワークも無事に終えることが出来ました。

神界のサポート、お導きによって
全てのことが滞りなく流れるように
スムーズに進みました。

沢山の存在の応援に心から感謝しております。

すべての用意はされており
わたしは、ただ、それに沿って
進んでいけば良かっただけでした。

あまりにも、皆様にお伝えする内容が多過ぎて
しかも、今回は日本神界からの依頼によるものも
多く見受けられたため

一体、どこまで、わたしが公表して良いのか
戸惑うような内容のものも多くありました。

それでも、わたしの真実というところでは
お伝えできることもあると感じていますので
メッセンジャーとして、お伝えしていこうと思います。

伊勢で3つの神社を巡った際に感じたこと。

1番目の神社は、豪華絢爛の見かけと舞台の裏に
エネルギー的には、人と神との結びつきを
これ以上強めないような人間の意図を感じました。

また、それは『形式』ということについての
問いかけでもありました。

形式はとても大切です。
大切ですが、形式だけが
先行してしまうと話は違ってきます。

形式とは『本当に大切なこと』
のために存在するものです。

例えば、その場所を清めておくために行うもの。

しかし、『清い状態が実際はどういう状態か』
ということ自体が解らなくなって
失われてしまっていたとしたらどうでしょうか?

それは、人間が本来の感性を失って
場所の波動やエネルギーがわからなく
なってきていることにも繋がります。

形式だけが存在し
実状的には波動が悪いということ
本当に多々見受けます。

パワースポットという場所においてもそうです。

パワースポットと騒ぎ立てられている場所の中には
とても波動の悪い場所も沢山見受けられます。

これは、最初からそうではなかったかもしれませんが
有名になって、人が出向く度に場所の波動が落ちて
しまったことなども場合によってはあります。

特に他力本願的なエネルギーが重荷となって
その場所の本来の空気感を淀ませている
ということを、神社などでよく見かけます。

ライトワークでは、こうした他力本願的な
エネルギーの重荷や滞りを解放することも
とても多いです。

本来、神社は神と触れ合い、感謝する場所です。
自分の代わりに願い事を神様が叶えてくれる場所ではありません。

自分の代わりに神様が願い事を叶えてくれる。
これは神に依存している状態である。
ということを自覚すると良いでしょう。

お守りは『神様の加護の元に、自分が努力して頑張る』
という意味合いで使われると良いと思います。
見守っていただいている中で、もっと頑張れていくことも
あるからです。

すべての創造は自分が創りだしています。
努力もせずに、ただ、神様に依存する。
それは、とても重いエネルギーで
本来の有り様とはかけ離れています。

神様との関わり方ということについても
戦後歪んできています。

こういったブログや本などを読むと
感謝をすることが重要だ
ということは、直ぐにわかります。

感謝だけでなく
全てのことにおいて
こうすれば上手くいく。
こうすれば成功する。

そういった情報は幾らでもあります。
自分の人生のことについてですから
誰でも真剣に取り組みます。

しかし、ここにパラドックスが存在します。

自分にとって都合が良くなるための感謝。
自分にとって人生が好転するための感謝。
自分にとってお金が入るための感謝。
自分にとって。。。etc

はっきりお伝えさせていただきます。
残念ながらこれらは感謝ではありません。
では、一体何なのか。

見返りです。
すべての行為は、見返りのために行われており
それは、感謝とは呼びません。

自分が上手く行く為の手段として
感謝を利用しようとしているだけで
それは感謝とはかけ離れています。

感謝だけではありません。
スピリチュアルを学ばれて
何とか自分の人生を好転させようと
必死になる気持ちはわかりますが

こうしたら、良くなる
こうすれば、運が高まるというところからの発動
自分の都合の為に行う行為はすべて見返りである
ということを自覚されると良いです。

それでは、本当の感謝とは、どんなものでしょう。
それは、ただ、沸き起こるものです。

有り難うございます。

これで完結しています。
沸き起こらない場合
愛を見出せない状態になっていますから
愛を見出せる状態へ変容していくことが大事です。

思考レベルでの変容の限界はここにあります。
意識とエネルギーレベルでの本質的変容によって
自然と感謝が沸き起こる状態になるからです。

本日は
*大切なものを忘れ形式だけになっていないか。
*神と人との本来の関係性
*感謝と見返りの違い

これらについてお話させていただきました。
出雲の旅記、容量が多いので、まだまだ続きます。