《本日のフリーダムメッセージ》

~依存・自立・自制~

 

スピリチュアルに取り組んでいった際に
よく聴くことばの一つに
『依存』があります。

スピリチュアルだけでなく
心理学でも、この言葉はよく聴きますね。

とにかく、色々なところで聴かれる
『依存』ということば。

皆さんは、どのように捉えていますか?

クライアントさんから

『依存してしまっている自分が弱くて嫌い』とか
『依存している自分はとってもダメな人なので何とかしたい』

という相談をされることがあります。

わたしが

『どうして、弱かったり、自分をダメだと思ったんですか?』

ときいてみると

『自分でも自覚して苦しいのですが、ビジネスの場所で
甘ったれるな。依存は弱い人間のすることだと言われて
もう、自分という人間の全てがダメだと感じました。』

とか

『依存的な部分があるのはわかっているので
依存しないように自立しようと頑張っているのです。
ですから、誰にも頼らずに自分で何とかしようとしているのですが
上手く行かないのです。』

といったようなことがあったりします。

このように、依存という言葉は、けっこう知られているので
依存的状態になることがある。という自分を自覚されている方は
けっこう多く、それでいて、その状態になる自分を嫌っていたり
否定している。という方はとても多いのですね。

さて、依存の相談の件と同じくらいの割合で
さっきとは、対極的な相談が、来ます。

対極的な相談とは何でしょうか?

それは

『私は自分だけで頑張り過ぎてきたのです。そのため何でも
自分で自力で出来るようにはなっているのですが
何処ででも甘えられず、誰かに頼ることが苦手で
お願いされるのを引き受けるのはしょっちゅうなのですが
逆に誰かにお願いをするのが苦手なので、それをどうにかしたいのです』

『素直に甘えられる人が羨ましい。でも、自分はそれが出来ないので
視ていると腹が立ってくる。自分はとても損な人間だと思えます。
助けてもらいたいけれど、助けてもらうのは弱いことのように感じます』

といった内容の相談です。

実は、世間一般で、依存と同じくらいに
よく使われている『自立』ですが
本当に『自立』の状態になっている人は
ほんの一握りなのです。

自分だけで頑張っている人。
自分の力だけで努力して成し遂げられる人を
世間では自立と言ったりするのですが
それは自立ではなく、『自制』の状態である
ということは、ほとんど知られていません。

つまり、世間一般の『自立』と総称して
呼ばれている中に、『自制』の状態の人が
沢山混ざっているということです。

というか、ほとんど、自制の人だらけなのです。

『自制』と『依存』は、対極にあります。
自制は、自分の状態をコントロールして
自分の力だけで極端に頑張ろうとすることです。

自分を制して、コントロールしているわけです。
何を制しているのでしょうか?
何をコントロールしようとしているのでしょうか?

これは、実は
『依存しないように制している』のです。

ですから、自制の状態の人は、依存者を嫌います。

嫌うので、依存者が目の前にくると過度に拒否反応がでます。

どうしてかというと、自分と対極にあるように感じて
あんな人には絶対にならない。
と思っているからです。

ところが、実は『依存』と『自制』は
同じなのです。

何が同じか。

中心から、偏っている離れ具合が同じなのです。

シーソーみたいなものだと考えてください。
本当は依存を持っているのに、依存の方に傾きたくないから
そうならなくするためには、制するしかない状態。
それが、『自制』の状態です。

わたしは、長い間、『自制』の状態にいました。
でも、自分では自立している人間だと思い込んでいました。

何しろ、全部自分の力で自力で成し遂げてきたのです。
これを自立と言わずに何を自立というか。
とすら、思っていました。

ところが、これは表面のわたし。
外面の、社会でのわたし。
パートナーのことなどになると
急にわたしは、依存的要素が見え隠れしました。

以前、わたしは経営者層のカウンセリングを
行っていたことがありますが
その人たちも同じことが起こっていました。

外側では、社長さんで、一見大変自立しているように観えます。
パーフェクトに観えます。
ところが、家庭だったり、内面的には大きな問題を
抱えていたりする方も多かったのです。

それは、『自立』ではなく『自制』だったからなのです。

依存者は、自制者に、おまえはダメだ。と否定されて
自信をなくします。

ところが、両者は、『対極に居るようでいて、同じ』
なのです。

これは、マインドレベルで、ただ知るだけでなく
エネルギー的にアプローチしながらでないと
解けていかない部分になりますが

依存者は『自分が信じられない』という課題を抱えており
自制者は『他人が信じられない』という課題を抱えており

自分も他人も、結局は『己』ですから
結局は『信じられない』という課題が共通しているのです。

自制のプロセスから、一転、依存している自分を
見続けたときは、とても苦しかったですが
自制と依存は、表裏一体なので、終わるときは
両方終わらなくてはなりません。

本当の『自立』に至ったときというのは
依存と自制の両方が、存在しない状態なのです。

セーブしなくて、立っている状態。

それが、真の『自立』です。

そして、それは単に頭で理解するだけでは変わらず
カルマや封印などの問題をエネルギー的に終わらせたり
両親との関係性をエネルギー的に修復に取り組むこと。

そして、既に『自立』の状態にある人から
『愛』と『覚醒のエッセンス』を受け取ることによって
真の自立は形成されていくのです。

ここで重要なのは『依存』の人は
『自制』の状態の人のところに間違っていくと
良くなるどころか、よけい苦しみを生みます。

『自立』している人。
己の弱さも強さも、抱きかかえて
統合している人

そういう人から
愛を受け取るのが最善です。

真の強さとは
強いだけの状態になることではありません。

弱さも強さも、全てを抱きかかえられていることが
本当に強い人なのです。

弱さと強さ。

それについては、また、明日。