《 EVERYTHING LOVE WORLD アウロラカンタータご感想 その2 》
昨年6月の一斉LOVING
『絶望を確固たる望みに転じる』
「アウロラカンタータ」
に寄せられた
皆さまからのご感想をご紹介します。
前回の記事はこちら
↓
《 EVERYTHING LOVE WORLD アウロラカンタータご感想 その1 》
2.絶望に対しての気付きに関する質問です。
アウロラカンタータは、何故、絶望のままの状態になっているのか?
その理由がわかるように促して、どうしたら絶望を望みに変えることが出来るか、
アイディアやヒントが湧いてくるように開発してあります。
アウロラカンタータの施術を受ける前と受けた後では、
絶望が絶望のままになってしまっている理由や、
そこから抜け出すヒントや気付きは、どのように変化しましたか?
具体例も教えてください。
LOVINGの効果を実感した 98%
・過剰な期待感を持った望みでは無く、気軽に望めるようになりました。失敗や選択ミス(ミスはないのですが)しても絶望することなく、またそこから望んでいけば良いと気楽に思えるようになりました。
・今までもそうだったし、どうせこういう結末でしょ!と思い込んでいる気持ちに気づいた。
・こういう漠然としたものには、トゥルーカンパネラがいいのかな?等と考えました。
・幼少期からの思考ぐせや自分で決めつけていた定義のようなものが、無自覚だった絶望に起因していたことが何となく分かってきた。
・今まで断念していたことに、エネルギーが動き出した時に凄く、自分の中のストーリーも手にとるようにわかりました。(チャネリングも受けています)何故動かなかったのか。嫌われたくない。捨てられたくないから自分を犠牲にしているところがありました。信頼のステージだな、とおもいました。
・挫折したり、恥ずかしくて辞めてしまったことの中に好きなものがたくさんあったということに気づきました。その時はもうダメだ、辞めようと思ったけれど、今なら純粋に楽しめるんじゃないかな、と希望が持てました。
・私は子供の時から、家族のことがとても心配で、常に家族の問題を背負ってきました。実家が倒産し家を失い、父母の離婚後は引きこもりの弟と母を20年以上扶養してきました。私自身も離婚しており、いつかは再婚もして幸せに暮らしたいと願ってはいましたが、どんどん年をとるばかりで、最近では、あきらめてもいました。ワークを受けた後、ふと、私がそこまでして家族を気にかけてしまう理由のひとつに、過去生で魔女狩りなどに会い、大切な家族を失っていた悲しみのため、家族を大切にしたい!という思いがあったのだということにきづきました。絶望の中には、実は家族への愛があったのだと気づき、自分が愛しく思えました。また、パートナーに関しても、父母の離婚などから、ネガティブなイメージを持っていたため、前向きに思えなかったのだということも気づきました。
・人生を自分で選んではいけない、というような設定があると思った。許可についての大切さや重要性をブログでよく見ていて、外側で説かれるものとしてなぜか自分の中であったので、どこか他人事みたいで、それに加えて自分には無理とか、できないだろうなという気持ちがあったみたいで、受けたあと、なにかをやろうとしていたことを、今やってもいいんじゃないか、と動くことができた。今やってもいい、やりたいと思ったらやろう、と思えた。許可ってこういうことなのか、と気づけた。一番絶望していたのは、弱い自分に対してだと気づいた。そこから必死で逃げるように生きていたことを知った。もう全部許したい。そう思えた。そんなことを、今まで思ったことがなかったのに、ふと静かに願えたような、望むことができた。生きてきていろんなことがあったし、全然美しさとはかけはなれて生きてきて、怒りとか憎しみとか抱えてきたけど、もういい。もういいんだ。もう全部許したい。そう思った。全部許して、終わって、自分を生きたい。ただの自分として生きる。存在する。自分以外の全てから解放されて、ただのひとりの人間、個人として存在したい。もう全部全部終わらせたい。全部全部、許したい。そう手放そうとしてる自分に許可できた。受けてから、怯えてしまうような不安なことがあって、人間の愚かさを見た。そしたら、自分はこんな世界で生きていけるんだろうかという思いが改めて出てきた。そして、よく自分の記憶のなかからふと歌が流れることがあって、その時々でヒントのように出てくるけれど、今回それが、”愛のために歩いていこう”、”ただ、愛のために”と歌った。自分にとって闇に包まれているように見える世界は、混沌で批判だらけで傷つけあう世界で、希望もなくて悲しみに暮れていて満ちている世界のなかで、愛さえあれば、大丈夫なの?という思いが出てきた。こんな世界でも、そんな人間がいても、愛さえあれば全てうまくいく?と、不安や心配と共に、ずっと信じられないできた諦めてきたことに対して、希望を見始めた。愛がなんなのかをまだ全然理解できてないけれど、愛を信じてもいいのかなと恐る恐る思い始めた。
・亡き父親の跡を継いだけれど、父のようにはなれないとずっと思っていて、でもそれは違ったという事に気付きました。私は私でしかなく、父は父でしかなかった、父と同じ道を同じように行こうとする事こそ無理だったんだという事が理解できた気がします。
・自分がどう感じて絶望感を自分の中に得たのか、その時の事が自然に思い出されて、その思いを受け止めたら自然となくなりました。大切な人を亡くした絶望感は、うけとめきれなかったのですが、以前より軽くなり絶望感から悲しみに変わりました。
・みんなとまざれない話しが通じない孤独みたいな思いでしたが人の事を優先したりいい人でいるのを辞めようと思ったのと、自分に期待をすることもやめたらすごく心が楽になりました。
・絶望していた関係性に対して変化を求めるようになり、ワークの翌日に過去世を知る機会を得ました。上手くいかなかった原因が過去世にある事をしりその癒しに取り組もうと動きがありました。
・自分の能力や限界を超えているのが絶望的だったと思った。最初からできないと思ってふさぎ込んでいたのがわかった。
・過去に望んでも上手くいかなかった経験などから、無理なんだと諦めていたんだと思います。
・願いに、いく層もの制限がかかっているように感じました。後回しにしていた課題に取り組まなければならないと思いました。いっぱいかかっている(ように感じる)制限を解放したり、もっと幸せを望んでいい許可をするとか、カルマの解放とか、やる事は沢山あるなぁ…と感じています。
・最初の願いが目の前に現れたにもかかわらず、最終的に儚く散ってしまったことがあったり、もうすぐ叶いそうだったのに手に出来なかったことがたくさんありました。ある程度の所で止まってしまう経験が積み重なって、本当に欲しいものは手に入らないという設定になり、絶望のままになっていたのだと思います。抜け出すヒントや気づきはまだ出てきていませんが、諦めないといえ気持ちは増しました。
・とにかく辛くて逃げ出してしまいたかったが、少しずつ現状を受け入れ始める事が出来ています。具体的な行動を起こして変えていくには時間がかかりそうですが、逃げることすら出来ない絶望から現実を受け入れ始められた事は、一歩進めたのかもしれません。
・要望を声に出して表現しやすくなった。それまでは人から理解されることをあきらめていて、話もしたくなく、人の要望に対してだけあいづちをうつようなコミュニケーションの取り方が多かったが、何を頼めばいいか、どう言えばいいかがわかりやすくなった。
・人から、「そういう時は助けを呼んでよ!」と言われたことで、「誰も助けてくれるはずがない」と思い込んでいて、助けを呼ぼうという意識がまったくなかったことに気づいた。助けに関して、絶望していることにも気づいていなかったが、気がつくことができた。絶望しているからこそ人に対して閉じていたわけだが、その人の一言で、自分が閉じていたと気づくことができたし、また閉じ続けていたからこそ、絶望が続いていたのだと思った。人に対して少し開いて見れば、変わることもあるのかもしれないと思った。
・まずは、意識がスルーしていた問題を、少し立ち止まって、絶望・・?望みに転換する余地・・?と向き合って内観するようになりました。まだ、隠されていた望みに行き着いていませんが、自分でつけている制限や、自分でつけいると気づいていない制限の発見になると思います。
・私が絶望として胸の奥深くにしまっていたものは自分にとってとても大切な事柄であり、今生は形を変えてそれに向かい合いたかったんだということに気づきました。そこに気づくことができた途端、深く癒されたことを感じました。
・アウロラカンタータの施術を一緒に受けた夫のことについてです。夫の猫背の姿勢が、長年気になっていましたが、話題にしたことはありませんでした。最近、夫が「姿勢は、大切であらゆる健康問題に繋がっていく」と言い出しました。姿勢をサポートするプチ座椅子?を職場用と自宅用に購入しました。日頃、お酒ばかり飲んでいる夫が自分の健康について取り組むことは珍しいことです。
・自分自身に対する絶望は、幼少期からずっとあり、どこにいても違和感と居心地の悪さがありました。努力しているのに馴染めず、消耗し、人と関わることに疲れてしまうことを繰り返していました。人の役に立ったり周りや環境に合わせないと自分を受け入れてもらえない。居場所もない。そんな絶望が幼少期から私の中にずっと消えずにあって、大人になってからはきちんと働けない生産性のない私は存在しているだけで誰かの負担になっていること、結婚後は家事や子育てを思うようにも求められるようにもできず、社会的にも役に立っていない私は居てはいけない。という存在悪的に自分自身を責め続け、追い詰めるようになっていました。数々のLOVINGに助けられ、その頃と比べると生きることは格段に楽になっていますが、絶望は残っていました。そこから抜け出す気付きやヒントはまだわかりませんが、どうしようもない私自身に対する絶望に、やっと目を向けてあげることができる機会を与えていただいたこと、そしてこの絶望を癒していくことができる希望に、安堵しています。
・能力が低いからやってもダメだと何回も繰り返し浮かんでいたことに気づいた。
・自分にはどうにも対処出来ないといった無力感が強かったように思った。またそれが弱まってきたように思う。今後はこれまでより冷静にフラットに物事を捉えていくことが出来るように思う。
・私は絶望自体をジャッジし、同時に怖れてもいたのだと気づきました。絶望に対してだけは、あってはならないかのように抑圧して感じていないふりをしていたことで、望みもまたわからないという状態に陥っていました。存在している絶望を受け入れ、怖れずに感じきることで、その大きなエネルギーが逆に望みを生きるための強さに転じたと感じています。
・共感すること、相手に理解されること、自分も相手を理解すること・・・などが自分が絶望から抜け出した直接的なきっかけであり、その逆が、絶望へ入ったきっかけでした。理解されない。批判される。共感がない。・・・家族や親しい人たちとの関係の中で、また再びこのようなことがあれば、やはり絶望するのかもしれない、、という疑い(?)もちらっと去来はしますが、ただ信じて伝える、愛を注ぎ続けることをやめるつもりはありません。
・家族関係が枷になっているのに、孤独になることに恐怖感がありすぎたので、結局現状のまま動かせずにいたのが、最悪ひとりでもやっていけないわけではないし、としがみつかずに何が必要か考えられるようになった。
・思春期の時から、虚弱体質で疲れやすく、まわりは、青春を謳歌してるように感じられるのに、生きること、ただ、感覚を麻痺させ存在しているだけで精一杯で「どうせ私の人生こんなもの。」と諦めていました。未来に希望なんてなかったです。今は、肉体の疲れやすさや体力のなさから、いろんなことを諦めて、外側にプラグをさしこみ、まわりの望む期待に答えてきたロボットみたいな過去だったと表現でき、諦めではなく、ただ、深く受け入れることができ、前と後では、クッキリと違いが大きいです。今までの社会の在りかたに自分を添わすのではなく、自分の在りかたに新しい社会を創っていき添わすことに変わりました。基準が自分、まず、そこから、どう生きて、どのように健康管理をしていきたいのか?どう人間関係を創っていって、コミュニティを創っていって、どうお金を作り出していくのか?また、新たに、覚悟ができてきた感じです。少し、冷静にクリエイティブになりました。
・結婚を機に自分を型にはめたり諦め感が出るようになり出産後から更にそれが強くなり激しく被害者を演じてきましたが、本当の本当に心底変えていきたい気持ちに切り替わっていますので環境や相手に対する不平不満や批判が減りストレスが軽減しています。そして、どうしたら変われるか、変われない自分に負荷をかけ自己否定や他者否定に堕ちていた日々から脱却しているようです。
・自分に制限を付けていたのですね。「~であらねばならぬ」とか「それは無理」とか。この発想の転換は覚醒とつながっていると思いました。覚醒とは見方が変わる事で、こだわりからの解放。あやさんのブログがこのあたりの理解にとても役立ちました。
・絶望の根源が、主人との結婚生活の中で、私が、許せない!と感じたこと、夫の価値観や考え方があるのだから仕方がない、言っても仕方ない。。いいえ言ったこともあったけれど、適当にあしらわれてきたことなどが、改めて、傷となっていたことに気づき、再び、葛藤が生まれます。今日、ふとしたきっかけから、感情があふれ、主人に、その思いを伝えてみました。言っても仕方ないとは思ってきたけれど、今日は、言わないではいられない衝動に駆られてしまい、言いました。またか・・?と流されているのかもしれませんが・・夫から見れば、私に対してだって言いたいことはいっぱいあるだろうし、ひょっとしたら、許せない!と思っていることもあるかもしれません。口にして伝えてしまえば、夫を否定し、傷つけてしまうかもしれない、ぶつかるのも嫌だ・・・と思ってきましたが、私が、絶望を感じ、苦しんできたことなんて・・思ってもみなかったのでしょうし、
夫自身が見ないようにしてきたことなのかもしれません。お互い、今日まで、いろいろあったし、よかったこともあるし、迷惑をかけあったことも、実際あるし、お互いさまのところはいっぱいあるけれど、私が、傷ついていること、絶望を感じていることには、違いないのです。封印するのでなく、その思いを持っていてもいいんだと、自分で容認することにします。そして、ここ1年近く、二人で、写経したり、護摩焚きをしていますが、引き続き、自分の煩悩と、因果応報、よくも悪くも、実った果実は、刈り取らないといけないと思っています。そうして、人生の幕引きに向けて、ピュアにライトに、きれいにしていきたいと思います。
・絶望が絶望のままになっていた理由はそれ以上のことはできないと諦めていたのかもしれない。諦めているのにずっとしこりのように永遠とこびりついている感覚だった。今は、抜け出すヒントや気づきが普通に降りてきたりあまり気にしなくなった。
・施術前は、絶望を感じるのは「世界から拒否されたから」「世界に受け入れられなかったから」というように、原因が外側にあると思っていました。施術後は、絶望、希望、どちらも自分の思考が生み出していて、世界はいつでも自分の思考や行動を受け入れ現実化しているのだと気づき、たとえ絶望を感じても、立ち止まって絶望と向き合い、心を癒し、思考を変えて再挑戦することで、望みを叶えられると思えるようになりました。
・願いに制限をかけていたかもしれません。絶望状態を維持していた方が、その時の私としては、動かないことに理由がつくためある意味楽でした。地球で生きていくこと、仕事をしていくことがリアルに感じるとしんどい。もう何もしたくないけどしなきゃいけない・・・その狭間の中で絶望していました。私にとって絶望=感情を押し込める(押し殺す)という構図が出来上がっていたのだと。そりゃしんどいですよね。
その3につづきます。
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