《本日のフリーダムメッセージ》

~制限を外して生きる〜

 

高次元化していくと
様々な制限から自由になり
本当に生きたい人生を生き始めます。

人間なので、人間的制約が
すべて消え去るわけではありませんが
高次元的に生きている人は
圧倒的に自由度が高いです。

制約や制限は様々なものがありますが
外面的制限と内面的制限の
どちらもの制限から自由になっていきます。

本日は、外面的制限の代表例を挙げてみます。

*お金
*時間(場所)
*他の誰かの意見

外面的制限は
ほとんどこの3つに
集約されています。

それでいて、この3つに
意味はほとんどありません。

代表例の3つは
表面的な理由です。

例えば、お金のブロックがあるんです。
という依頼があったとしても
単にお金のことだけに取り組めば
お金の苦手が解放されるかというと
そうではありません。

お金というのは
出来ないという理由にしか過ぎず
とても表面的な理由です。

根本的な原因としては
その人が、自分が行いたいことを
自分に許可していない場合がほとんどです。

自分が幸せになること
自分がやりたいことをやることを
許可していないのです。

そのためには
何か言い訳する理由が必要で
それが、現時点ではお金ということに
なっているということです。

自分は自分が本当にやりたいことに
許可が出来ていない。
変容を恐れている気持ちがある。

こういった根本的理由を
自覚している方は

*お金
*時間
*他の誰かの意見(家族とか)

というところで問題を起こしません。

なぜなら、自分が何かが出来ない理由を
表面的問題にすり替えないで
直視する能力があるからです。

だから、表面的問題を起こす必要がないのです。

ところが、自分が出来ない理由を
表面的問題にすり替える人は
次々に幾らでもすり替えていきます。

これが、問題だから出来ません。
ということを
次々に解決していったら
次々に新たなすり替えが行われます。

そういった時というのは
決意ができていない。
という状態なのです。

決め兼ねているのです。

お金のことが問題じゃなくなったら
今度は時間で言い訳が始まったり
他の人が、ああ言ったとかこう言ったとか
そういう風に理由がすり替わりながら
決めかねている状態が続いています。

決めるってのはさ。

それしか道がないってことだよ。

それを選んだ理由?
やりたいから。

それ以上でも、それ以下でもない。
オススメされたりアドバイスを受けたことだって
理由になど入りません。

アドバイスを受けたことを
やってみたい自分がいる

そこに責任とってかなくちゃね。

本当はとってもシンプルなのだけど
ややこしくしたくなるのは
決め兼ねてる自分を
認めたくないからかなと思います。

お金の制限にはまっていた時。
銀行の口座に350円しか無かった時。
このトリックに気づいて
お金で言い訳するのをやめました。

その言い訳をし続けることは
お金が無い状態を続けるということだから。

時間も同じ。
時間が無いということを言い訳にすると
時間が無い状態が続くということを
知っておくといいです。

自分がやりたいことが出来ない理由を
他者のせいにしている人は
止めたり反対する人が周りに現れます。

ちゃんと、そういう状況がつくられる。
ちゃんと、そういう登場人物が現れる。

自分がやれないことを
他の何かにしなくなった時
外面的制限を受けなくなっていきます。

どれほど、恐れているのか
どれほど、自分に自信がなくて幸せを許可できないのか。
どれほど、罪悪感を保持しているのか。

そういったことを見つめていくように
変化していきます。

こうなってくると
外面的制限が無くなっていきます。

なぜなら、真の制限を
自覚しているので
カモフラージュが必要なくなるからです。

被害者意識ってのは
何も、対 人だけに対して
起こるものだけじゃ無いと覚えておくといい。

何かのせいにしている時ってのは
全部、被害者になっているということ。

お金を加害者にして
自分は被害者になってないか。

時間(とか場所)を加害者にして
自分は被害者になってないか。

他の誰かの意見を加害者にして
自分は被害者になってないか。

制限を外して生きるとは
すべてに対しての
被害者を終わらせていくと
いうことなのです。