《本日のフリーダムメッセージ》

~同時進行な生き方~

 

いつも、生徒さんに
これが大切ですとお伝えして
なるほど、大切だとわかっても
中々実行できない代表例がこれ。

それが、同時進行な生き方です。
超重要なので、いつも口酸っぱくして
伝えていますが、これを実際に実行出来るのは
ほんの一握りです。

そもそも、同時進行な生き方というのは
何のことかというと

☆ 今出来る自分にとっての最善を世界に現す
☆ 自分の未熟さを見続け、覚醒し続け、学び続ける
(自分では自分のことは全てはわからないので、他者の目線を入れるということ)この2つを同時に行うことです。

たった2つ。
されど2つ。

この2つを継続して行い続けるだけで
確実に自分自身も覚醒していくし
使命や誓願を生き始めるし
統合もしていくし
高次元的な表現や顕現になっていくし
自分のマイロードを踏み外しにくいし
本当に良い事尽くめなのですが
これが、みんな、出来ません。

片方だけなら、とっても簡単。
両方同時に行うことに意味があります。

片方だけ出来ているから半分出来た
のではないのです。
それは、全く出来ていません。
両方同時に出来たときに意味を成します。

未熟さを見つめながら表現顕現もしていく。
それが、己と常に対峙し続ける姿勢なのですが
未熟さを見ている時には表現顕現に至らず
表現顕現をし始めた時には
出来ているところばかりみて
未熟さを見ずに学ばない
ということが起こります。

時代は覚醒に本格的に
始動していっていますから
どんなに能力的に天性の才能があっても
同時進行な生き方を貫けないと
これからの時代は厳しいです。

逆に言うと
同時進行を貫けていさえいれば
最強です。

未熟さを見つめることが出来るときは
自分では見えていない自分の至らなさを
他者からきいて、自覚することができます。

自分の至らないところを改善したり
好転できるということです。
進化し、向上し続けることが出来ます。

未熟を感じていても
未熟さを受容できると
ありのままの自分で表現顕現できて
学び続け、覚醒し続けることができます。
こういった姿勢は
必ず自他への真摯さや誠実さとして伝わります。

自分と向き合っていない人のサポートを
受ける気になるでしょうか?

どんなに成功していようと
仕事が上手く行っていようと
そういったこととは無関係に
もっと素晴らしい自分になれる
余地を感じながら己と向き合えうことは
この上ない喜びです。
魂の喜びです。

未熟さを受容できると
己の未熟さを知って
もっと拡大できる余地を見つける度に
無限大の自分を感じます。

提供し始めると学ぶことを辞めてしまう人に
共通している点があるとすれば
自分というものに何処かでゴールポイントを
求めているという点です。

もう、こんなに頑張ってきたのに
なんで、まだ、学ばなくちゃいけないの!
といった怒りにも似た感情をぶつけられる時があります。

『ゴール』を求める生き方は苦しいし
不可能だと知る事です。

こうなったら。こういう自分なら。
ここまで来たら終わり。というのはありません。
生きているというのは、そういうことです。
ゴールと同時にスタートも存在しているのです。
いつもいつも、何もかもが通過点にしか過ぎません。

それが、生きるということを受け止める
ということです。

逆に、いつまでたっても、今出来る自分にとっての
最善を世界に現せない人も、何処かで こうなったら。
というゴールを求めているのです。
だから、この両者は、そういった意味では同じなのです。

ですから
☆ 今出来る自分にとっての最善を世界に現す
☆ 自分の未熟さを見続け(自分では自分のことは全てはわからないので、他者の目線を入れるということ)
覚醒し続け、学び続ける
この2つを同時進行で生きることが出来るというのは

・不完全なる完全性を受容
・今を生きていて
・変容し進化していく人間を受容
・生きるということを受容している
ということなのです。

どのお話も、大事だけれど
これは、多くの人にとって
難しいことのようなので
声を大にして言いたいです。

同時進行で生きてないというのは
不完全なる完全性を受け容れていない
未だ人間という存在や生きるということを
受容できていないということなのです。