《本日のフリーダムメッセージ》

回想記  6 【自由な運命を生きる】



どうして、このお仕事をしているのか。
どんな人生を送ってきたのか。

北海道の実家滞在中
期間限定で回想記を綴っています。

全6話。本日完結です。

前回まではこちら

 

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母はわたしが毎日かかさず
本質的なヒーリングを
行っていけばいくほど
年々、変化していきました。

重度の母の精神疾患は
霊障が原因で、霊障の中でも
もの凄いパワフルだったのだと
わかりました。

どうして、霊障にかかるのか
昨今、宇宙霊障など様々なものも
ありますので、全てではありませんが
一般的に霊障は、自分以外のものに
力を明け渡してしまう時に起こります。

自分以外のものに
力を明け渡してしまうこと自体を
終わらせていかないと
霊障は終わりません

ただ外すだけでは
本人がまた引き寄せて
つけてしまいますから
つけなくなるように
深いレベルで霊の癒しが
起こらないと変わらないのです。

霊障の解消と霊の癒しを
根気強く行いました。

母とわたしの仲が
壮絶なほどに悪かったのは
過去生の因縁から
互いに憎しみを抱いてきた
ことが原因であったことも
わかりました。

母とわたしは過去に
色々なことがあり過ぎて
今世、母と娘という関係性で
純粋に愛し合いたくても
難しい状態だったのです。

母は懸命に娘を
愛そうとしても
過去生の関係性が
今世にもかかっていて
それが純粋な母と娘という関係性を
構築することを困難にしていました。

母とわたしに挟まれていた
父もまた、今世のしがらみが発生し
複雑に糸は絡み合い
収集がつかないくらいの
関係性の糸ごしに
わたしたち家族の関係性は
存在していたのです。

『糸ごしにしか、お互いを観られない』
状態だったのです。

『なぜ、精神的な病気が生まれるのか』
『なぜ、母とわたしの仲は憎しみ合いなのか』
『なぜ、争いが耐えないのか』

小さい頃から抱いていた
自問自答の答え。
それは予想を遥かに超える答えでした。

 

母はどんどん好転し

家族の仲も劇的に
好転していきました。

様々なクライアントさんのケースに
対応していくうちに
とても多くの方が同じ苦しみを
抱いていました。

人間関係の苦しみです。
両親に対して憎んだり恨んだりしていたり
家族の仲が大変なことになっていたり
パートナーとの関係性が上手くいかなかったり

幸せになれない原因のひとつの要は
人間関係なのです。

心の奥底では
誰もが愛し合って
誰もが仲良くしたいと願っていても
あまりにも打ち砕かれすぎて
傷つきすぎて
愛し合うことを願うことすら
諦めて無理だと思いたくなるくらいに
なることがあります。

それでも心の何処かでは
純粋に愛し合えることを
願っていて。
希望すら抱けないほど
自覚すら出来ないほど微かに。

本質的な変容の
様々なエネルギーワークを駆使して
総合的な覚醒を提供していたわたしが
最も悩んでいたのは
この人間関係の修復のところでした。

覚醒が進まなかったり
人生が好転しないのは
『どこかの歯車が動かなくなっている』場合です。
どの歯車も動き始めたときに
人生は好転します。

ところが、人間関係において
決定的に変容する
エネルギーワークが
世の中に存在しなかったのです。

そんなある時
『人は、誰でも幸せになることができる』
『運命は変えられる』
という私の魂の誓願の元に

オリジナルワーク
『フリーダムディスティニー』が誕生します。

昨年の夏のことです。

今世だけでなく、過去生まで含めた
全ての『しがらみの糸』を解放しなければ
何も変わらない。


今直ぐ、幸せになっていい

純粋な愛に戻り
ゼロから、関係性を構築できる
フリーダムディスティニーのワークは
どんな絶望的な状況であっても
決して諦めずに好転して
夢にまで見た、仲の良い家族を得た
わたしの人生そのものです。

昨年の夏から多くの方が
家族やパートナーとの
人間関係を修復し
人生を、運命を革命しました。

現在、わたしは
人生の集大成である
フリーダムディスティニーを始めとした
オリジナルワークの提供。

本質的な変容を伴い
日本人の総合的な覚醒をサポートしながら

ライトワーカーの育成や
スピリチュアルティーチャーの育成を
行っています。

こうした現在の活動については
また後日お話していこうと思います。

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回想記をお読みくださり
ありがとうございます。

北海道から帰ってきました。
精神的な症状が、劇的に改善した母と
(障害者手帳一級の状態から三級までランク落ち)
実家では仲睦まじく互いを思いやり
愛し合ってきました。

沢山遊びました。
温泉に行ったり
美味しいランチを食べたり
色々語り合ったり
母の畑を手伝ったりしました。

それは夢にまで見た
というよりも
『こんなに幸せになるなどとは
夢としてさえ抱けなかった境地』です。

最後にひとつ詩を送らせていただき
回想記の最後の言葉とさせていただきます。

 

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世界が暗闇に包まれた時
光は映らず
希望は届かない

一筋の光も届かない
海底の奥底で
繰り返し 繰り返し
届かぬ叫びが
煙のように掻き消されていく

繰り返されていく悪夢

暗闇に包まれていても
たった一つだけ
決して消えない光があって
その光の在り処によって
貴方は本当の自分を思い出し始める

今までどんなに自力で頑張っても
辿り着けなかった
場所に行く未知の扉

扉の向こうには、新世界

繰り返される悪夢を終わらせ
新世界を望む人が
今 ここに訪れたならば

扉は、わたしだ

今、どんなに光を見出せなくても
あなたは、わたしの瞳に必ずや光を視るだろう

そして、その時、わたしの瞳には
あなたが映っていた

即ち、光であると