《本日のフリーダムメッセージ 後悔のない人生を》

 

誰からも羨ましがられる人生を

送っていたとしても

本人はそうでもなかったりします。

 

いつも、人生は当人になってみないと

わからないものです。

 

実は、今回で地球を去る人たちがいます。

レムリアや、アトランティスの時に地球に入って

幾百、幾千の人生を過ごしてきた

集大成とも言える人生が

今世である人がいるのです。

 

例に洩れず、私もそうなのですが

どれほどのことを、この地球で

この地上で行って、人間を終わりにするか。

 

それを実際に行えたかどうかが

人間を終わりにできるかどうかの鍵です。

 

それを思うと、未だ未だ本領発揮出来ておらず

やれることは、色々あるのに、出来ていません。

 

だから、未だ生きているのですけれどね。

 

単なる一つの人生を生き切るレベルではなく

全人生の集大成となると、やれることは色々あります。

 

そういう自分を感じると

なんて燻っているんだろうとか

どうして、こんな程度なんだろう。

そんな風に感じることもあります。

 

私の個人的な意見ですが

自己肯定感を高めるということは大事なことです。

 

ただし、存在の肯定は

その人が、自分が行いたいことが出来て

自分のやりたいことにチャレンジ出来る程度の肯定感

を得ることや、輝かしく生きるために

人生を謳歌するために重要なのであって

 

自己肯定感が上がることそのものが

ゴールでは無いということです。

 

何もしないまま、そのまま人生が満たされるという

幻想を抱いて、内面的に取り組むことだけで

心の平安を手に入れようとしたとしても

決して得ることは出来ません。

 

わたしは、悟りの境地のように

平穏で静かな『空』のような意識を持ちながら

人間を生きている人を、何人か指導したことがあります。

 

しかし、そこに辿り着いたからといって

幸せであったかというと

幸せなんだけれど、何か違うという風に感じて

いる人がいました。

 

『空』の意識になるのがゴールの人もいるでしょう。

しかし、それがゴールではない人もいます。

 

誰かのゴールと、自分のゴールを一緒に

してはならないのです。

 

今回の人生が、人間最後の人は

自分じゃない人生を、生きている場合ではありません。

迷っている場合でもありません。

 

今回の人生が、人間最後ではない人の

ペースに付き合っている場合でもありません。

 

自分の人生の時間は有限。

人間だからこその有限。

 

何に時間を使うか問われます。

変わりたい人や、更に進化し続けたい人を

サポートするのなら良いけれど

変わりたいか、変わりたくないのか

はっきりしない、決めかねている人や

これ以上進みたくない人を

サポートする時間は、わたしにはありません。

 

日々日々、全力で成したいことを成し

全身全霊で生き切っていたとしても

それでも、なお、果てしなく先の道が続いています。

 

魂の自分が、求めている最高の自分とは

思っていた以上に、壮大なのです。

 

その壮大な自分を感じれば感じるほど

自分の未熟さが、途方もないくらいに

手に取るように感じられ。

 

未熟さの中で、成したいけれど、成せていないことを

成せるように、一歩一歩進んでいくしかなくて

 

今、出来うる最善を尽くして

出来る範囲で、世界に現していくしかありません。

 

どんなに、能力やスキルを持っていたとしても

それを、使っていなければ、宝の持ち腐れです。

 

学ぶという行為は大切ですが

それだけでは終わりません。

 

自分を現していくというフェーズに

入っていくのです。

自分自身が後悔のないように。

 

遅いと感じたとしても、今から始めるのです。

 

どんな人生も、その人の望んでいる人生を

生きれば良いのですから、誰かの人生を

決めることは出来ません。

 

個々が、自分で決めるのです。

どんな風に生きたいか。

 

ずっと、叶え続けられないことがあっても

諦めている暇はありません。

 

壮大な自分を眺めながら

同時に、未熟な自分を痛感しながら。

 

日々日々、自分の出来うる

全身全霊の愛を表現していく。

 

そうしていくと、気がついたら

景色が変わっていて

世界も変わっていて

自分が成りたい自分に少し追いついています。

 

色々、景色は変わっていきますし

やれることの最大値も変わっていきますが

 

日々日々、自分の出来うる

全身全霊の愛を表現していくという生き方は

ずっと変わらないのだと思います。

 

自分がこうなりたいという状況や

自分がこんな人生を送りたいという境遇は

ギャップがあるのなら、待っていても訪れません。

 

どんなに、現時点では外れていたとしても

自分が、自分を、その地点に持っていくのです。

 

自分を幸せにして

『良い人生だったな』

『人間を謳歌したな』と思えるかどうかは

自分自身にかかっています。