《本日のフリーダムメッセージ 理想と現実》

 

北海道に到着しました。

今年最後のフライト。

 

今年は、本当に飛行機よく乗りました。

明日からは、初の北海道での

そして今年最後の

ライトワーカー育成プログラム講習です。

 

地元での開催。

ライトワーカー育成にも熱が入ります。

 

元旦に行う一斉ワークの内容を

詰めていた時に、思ったこと。

 

家族って色々。

母親も色々。

父親も色々。

パートナーシップも色々。

 

人の数だけ、その人らしいスタイルがあって

人の数だけ、愛の形は違う。

 

本当は、そうなんだけど

世の中の多くの人は、理想というものに

どこか憧れを抱きながら

自分らしいスタイルに失望しながら

時には罪悪感さえ抱きながら生きている。

 

もっともっと、その家族らしい家族や

その人らしい母親

その人らしい父親

その人たちらしいパートナーシップというものに

自信と誇りを持って生きられたらいいのだけれど

中々、世の中の理想の型と比較してしまったり

そうできない他人や自分を責めたりしている。

 

型にはまっていなかった際に行き着く先は

愛じゃなかった

ということなんじゃないだろうか。

 

型にはまった愛を体現できなかった時に

ちゃんと愛せなかった。とか

ちゃんと愛されなかった。というように

愛ではなかったと認識されることも多いように思う。

 

愛って、何だよ。

型に当てはまることかい?

 

愛を表す方は、自分が世間一般の型に

例え当てはまってなかったとしても

自分という愛の表現に自信と誇りを持つこと。

 

妻という前に、自分という人間で。

母という前に、自分という人間で。

家族の中の誰かという前に、自分という人間で。

 

そうした上で

色々な妻がいて

色々な母がいて

色々な家族がいる。

 

それが、逆になって

理想の妻と

理想の母と

理想の家族に

自分を当てはめると苦しいね。

 

誰かを愛さなかった時は

愛したくなかったわけじゃなくて

自分を大切にしたかった時だって沢山ある。

 

優しくしたかったり

愛したかったり

願いを叶えてあげたかったりしても

わたしたちは、人間という肉体を持つ

制限のある中で生きているから

いつも、他者を優先ばかりはしていられない。

 

そうした人間ということそのもの

その人であることそのもの

受けとめていくことができたら

自分にも他者にも

家族にも子どもにも親にも

もっともっと、優しくなれるかもしれないと思うのです。

 

理想や役柄という制限を超えて

自分という愛に誇りを持つことができますように。