<絶望を超える その1>

ここのところ、新しく開発するソフィア講習や

錬金術講習を教えていくということで

ホームページの内容も今のままだとしっくり来なくて

ホームページ制作をお願いしている方と

打ち合わせを重ねていました。

 

このお仕事をすることでの

自分にとって大切な思いは何なのか

大切な言葉は何なのかということを

再確認しているところです。

 

簡易的な自己紹介も作成してみました。

 

フリーダムディスティニーの平野あやです。ヒーリングの体験と学びを通じて、一人ひとりが自分自身に内在する本来の奇跡の力を取り戻すサポートをしています。

大切にしているのは、人はどんなに絶望的状況にあっても、今この瞬間から新しい人生を歩んでいけるという真実です。生きながらにして生まれ変わることは出来るのです。一緒に新しい一歩を踏み出しましょう。

 

今日から、どうして絶望的状況から新しい人生を歩める

生きながらにして生まれ変わることはできると

自信を持って提唱しているのか

自分自身のエピソードを三つお話してみようと思います。

 

長年、ご一緒してくださっているみなさまは

知っているエピソードもあるかと思いますが

今まで書いてなかったことも書いてみようと思います。

今一度、お付き合いくださいませ。

 

わたしが本当に絶望したのは、人生で三回あります。

 

1、幼少期、重度の精神疾患の母との暮らし

2、一度目の結婚での離婚

3、二度目の結婚での死別

 

本日は、1、幼少期、重度の精神疾患の母との暮らしについてです。

 

母は、昨年肺炎で亡くなりました。

亡くなる少し前に父が入院したため

精神病院に入院となるまで

 

まさに普通の人では考えられないことを

娘であるわたしは、沢山経験したなと思います。

 

わたしを身籠る時には、既に重度の精神疾患になっていて

統合失調症を患い、幻覚や幻聴を伴って眠れないでいました。

 

障害者手帳も一級だったので、医者の判断としても

本当に重症だったのだと思います。

 

それなのに、なぜ、ずっと病院におらず

家で過ごしていたのか。

 

母を入院させたことも小学生くらいの時にあったのですが

父が、精神病棟があまりにも悲惨な場所で牢屋のような

場所であったことから、可哀想だと連れて帰ってきてしまったのです。

 

物凄い重症だったとしても、同居する家族の同意 つまり父の同意さえあれば

自宅で暮らす事が可能だということですね。

 

しかし、子供の私にとっては、それは虐待でした。

 

母に追いかけられ、叩かれ、殴られ、ひどい時は

包丁を突きつけられました。

 

父に告げ口をすると、次の日にはもっとひどい仕打ちがありました。

 

状態が悪化すると、絶えずブツブツとリビングのソファーで

わけがわからないことを叫んでいました。

 

わたしはいつも怖くて二階で潜んでいました。

 

失踪もして、生きてるのか死んでるのかわからなくなった時期もありました。

 

自殺未遂もして、腹を包丁で深く刺し、自宅療養していました。

 

その時も父は、容体を病院などで見せず、自宅で療養していました。

何故なら、それほどまでに精神状態が悪いということを隠す必要があったからです。

 

放火もしました。ピアノが半分焼けて、自宅が全焼するところでした。

 

寝ている時に、父を包丁で刺そうとしたこともありました。

 

夜中に私が寝ているとき、いきなり全裸にされ、お前は男だ、わたしの子じゃないと

叫んだこともありました。 幸いすぐに父が見つけて、大事には至りませんでした。

 

わたしがインフルエンザにかかった時、三十九度の高熱になりました。

あまりの高熱に震えが出てしまったのです。

ところが、母はわたしが嘘をついている。震えているのは演技だと言い出しました。

 

高熱のまま、わたしは怒られ、叩かれました。

ただただ、どうして良いかわからず、泣きました。

 

こんな調子でしたから、明日は何が起こるかわからない。

ずっと暗い闇にいて、醒めない悪夢を見ているようだったのです。

 

どんなに重度の病気だったとしても、母はわたしを愛していない。

 

20代までそう思い、母を強く憎んでいました。

 

そして、人生がうまくいかない理由を、両親のせいにしていました。

 

東京という新天地で、世間一般の幸せな人生を掴むこともできましたが

根本的に母との関係性が悪く、憎んでいるわけです。

 

人生がうまくいかないのが両親のせい、最終的にもっとうまくいかないことは

この世界が悪い、 そういう被害者の意識でいたのです。

 

そうして生きているのが苦しくて、スピリチュアルを学び

楽になりたいと望みました。

 

30代になり、離婚してからヒーラーになり、ヒーリングを教えるようになっても

苦しみは消えませんでした。

 

世界は鏡。

当時来られるクライアントさんも、両親を憎んで世界を憎んでいる人ばかり。

 

自分のために、来てくださるクライアントさんのために。

自分が幸せになるために、母への憎しみを終わらせたいと そう思ったんです。

 

そこで開発したのが、<フリーダムディスティニー> という屋号にもなっている

両親との関係性を再構築するLOVINGです。

 

https://freedom-destiny.com/freedom-destiny-k/

 

そして、二ヶ月ほどでワークを構築して

セルフヒーリングで、母との関係性を改善しました。

 

そこから、あらゆる人間関係が変わり、世界への憎しみも終わりました。

 

憎しみ という言葉が わたしの世界から消えた そんな出来事だったのです。

 

絶望的な状態から、母を許し、憎んでいた自分自身へも許す

 

そこから、母との関係性が回復して

人生で母と楽しい思い出を作る事ができました。

 

晩年は母の病気が悪化して、わたしを娘だと認識できない状態が

続いており、辛かったですが、最後に会った時

名前だったり、娘だということはわからずとも

大切な人だということはわかりました。

 

わたしにとっての絶望は、母と暮らしていた幼少期の北海道での暮らし。

それを超えると言うことは、憎しみを終わらせ、許すことでした。

 

いかがでしたでしょうか。

明日は、離婚のエピソードをお届けしていきます。

 

絶望は暗い話になりますが、わたしは開示することは

大切なことだと思っています。

 

世界には、両親との関係性で苦しんでいる方が

他にもきっといるはず。

 

絶望を超えたわたしの体験が、何かの役に立つこともあるかもしれません。

 

生まれてから18歳まで、こんな母と暮らすことで

ずっと深い闇の中にいました。

 

闇から抜け出して、新しい人生を創っていく。

中々抜け出せない時もあるかもしれない。

 

それでも、諦めなければ、人生を新しいものに

することはできるのです。

 

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