【Freedom Destiny】Aurora Cantata アウロラカンタータ講習

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2019LOVING文字

 

深い絶望や喪失を抱えている時というのは
意識的であれば人生において
最もなる大きな苦しみと言えるでしょう。

 

余りにも大きな絶望や
喪失を抱えてしまった時には
身動きできなかったり、
声をあげることが出来ないほど
苦しかったりするからです。

 

しかし、それらが転じて、強い望みとなった時には
わたしたちは、最も神聖な核の自己からの
確固たる決意と共に、かつてないレベルで
己を生きることが可能になるのです!

 

時間が過ぎることでしか絶望をしのぐことが出来ず
絶望のまま抱えていることしか出来ない人生の運命から自由になり

今、絶望を確固たる望みに変えて、
望みと共に自分を生きる力が身につきます。

 

新しい真実の自己を生きる際には
今まで制限して抑圧して諦めていた
深層の奥深い
新たな願いが沸き起こってきます。

 

本当は自分はどう生きたかったのか
一体、何をしたかったのかが見えてきますが
この時、現時点では叶っていないので
願いが大きければ大きいほど
目の前にそれが無いことに対して
大きな絶望を伴うことになります。

 

人間は、自分でも気がつかない間に
自分自身に対しての制限と不自由を
無意識のうちに自分に与えているものです。

 

何でも自由に選んでいるつもりでも
カルマの影響や過去生の影響
解き放たないと自由になれないということが
後に分かることは、沢山あります。

言い換えるならば、
世界の既存定義として君臨していた

『今まで信じ続けられていた伝説』を
脱ぎ捨てて自由になったり
『今まで信じ続けられていた伝説』に
影響を受けていた
今までの自分の真実を
脱ぎ捨てることが出来ることが出来たからこそ

その望みに対して許可が出てきたために
今の望みが見えてきたとも言えるのですが

 

その人の人間としての存在そのものの望み
人間としてここに存在している目的や
生きるということ自体を現すような
本質的な望みであればあるほど
絶望として感じる度合いが強くなり
想像を絶するほどの苦しみを生みます。


程度によっては、声を出せなかったり、
身動きが出来なくなることすらあるのです。

 

実のところ、鬱や引きこもりで
動けない人たちも
心の奥底で大きな絶望を感じています。

それが一体、何であるかの
顕在意識的な自覚があるか無いか
言葉に出来るかどうかの違いだけで
大きな絶望は人間の身体的行動を、
完全に止めるような作用があります。

 

絶望はエネルギーの形状として、棒のような塊の形状になっています。
幾つもの絶望がある場合には、棒が何本も立っているような状態です。

 

昨今、多くの人々に
今まで制限して抑圧して諦めていた蓋が
開くことが起こっています。

 

そうすると、その人の人間としての存在そのものの望み
人間としてここに存在している目的や
生きるということ自体を現すような
本質的な望みが現れて来ていますが

 

現在達成出来ていない深い苦しみや
今目の前にない
大きな絶望を伴うことになるため
生きることが非常に苦しいと
感じる原因そのものとなります。

 

故に、絶望を本当に実行実現できるような
確固たる望みのエネルギーに
転換することが急務なのです。

 

絶望が絶望のままのエネルギー状態である場合
『今、目の前にない』『それを得ることが出来ていない』方を
感じています。

 

アウロラ カンタータは
迷いや葛藤・躊躇いがなく
純粋無垢な形でシンプルに望めるように促し
施術することで、絶望を望みに転換して
絶望を超越していきます。

 

その際に
『何が自分の創造を阻んでいるのか』という原因が見えたり
『自分が何を信じている故に、絶望のままになってしまっているのか』

という信念が見えたり
『自分の創造に関しての無力感がどんな思い込みによって阻まれているのか』

という思い込みが見えて
絶望を絶望のままになってしまっていた要因が気づきとして起こります。

 

何故、出来ないという風に
感じてしまっているのか
出来ないと思う余地が
一体どこにあるのか。

 

創造を阻んでいるものを見つける視点が生まれ
自分が何を信じているのか、自分が何を望んでいるのか。
確固たる強い望みだけが、確かにある状態になるのです。

 

アウロラは、暁の女神。
カンタータは、合唱。
暗い夜に光を。
大きな絶望に光の歌を。

 

アウロラ カンタータのLOVINGは
アークレジェンド、フリーダムディスティニー、ラブプロテクションと並ぶ
絶望の超越というテーマで、LOVINGの大作と成りました。


アウロラカンタータのLOVING施術を

実際に受けられた方々から頂いた生の声です。
ご感想アンケートを元に集計しました。
多くの方々が効果を実感されています。
・大きな絶望、深い絶望を絶望のままでなく、確固たる強い望みに転じるように促します
・絶望のままのエネルギー状態を転じて、確固たる強い望みに変えエネルギーレベルで絶望を超越します
・何故、絶望の状態のままになっていたのか、その理由がわかり、望みを実現するアイディアが湧いてきます
・『何が自分の創造を阻んでいるのか』という原因が見えてきます
・『自分が何を信じている故に、絶望のままになってしまっているのか』という信念が見えてきます
・『自分の創造に関しての無力感がどんな思い込みによって阻まれているのか』という思い込みが見えてきます
・人間としてここに存在している目的を達成するにはどうしたらいいかが見えてきます
・新しく見えてきた望みに対して、この人生で叶えてみようという意欲が湧きます
・自分にとって最も重要なことは何であるかに対して自覚できるようになってきます
・深層にある無自覚な絶望にも働きかけるため、無気力、無力感が解消されて生きやすくなります
・絶望という非常に重々しいエネルギーが解放され、自分という存在を生きることの強さが漲ってきます
・過去に封印していた絶望が解放された場合には、大きな癒しと許しが起こり自分を労うことが出来ます
・完全に停滞していた状態から、前に進んでいく意識が芽生えます
・封印していた絶望が解放され絶望していたことに気づくことが出来ます
・抑圧していたり、諦めていた本当の望みがわかるようになります
・絶望の状態から、望むことが出来る状態に変化します
・自分にとっての新しい真実がわかるようになります
・根底の存在に関わる絶望が転じた場合には、自分自身が何者か思い出すことが起こります
・根底の自分という存在に関わる絶望が転じた場合には、自分そのものを生きられるようになります
・自分の中にある奥深い望みを発見し、望む現実を創造していこうと思えます
・根底の自分という存在に関わる絶望が転じた場合には、自分の存在意義を感じられるようになります
・今まで無意識のうちに諦めてしまっていたことに気付けて、それに着手しようと思えるようになります
・蓋をしていた過去の絶望が転じた場合には、これほど絶望していたんだという気付きと癒しが起こります


・生きている中で絶望を感じるような出来事が起こった方
・存在意義に関わるような深い絶望を感じている方
・人間であることに対しての絶望を抱えている方
・生きていくことに対しての絶望を感じている方
・自分という存在定義に大きな変化を感じている方
・今までの自分を超越したい方
・無気力、無関心を感じている方
・魂の誓願を生きたい方
・スピリットの望みを達成したい方
・無意識のうちに過去に本当にしたいことを諦めてしまったことがある方
・過去に絶望を感じたことがある方
・日々の生活において塞ぎ込みがちな方
・望みをポジティブに抱くことが出来ないでいる方
・世界に空虚感や理由のない虚しさを感じている方
・理由のない苦しさを感じて未だ自分を生きれていないと感じる方
・過去に絶望してしまった経験がある方
・前向きに生きようとしてきて絶望を押し殺してきた方
・今までと願いの質や深さが変わってきたと感じている方
・自分らしく生きたいと思っている方
・自分の本当の望みを見出したい方
・自らの望みに矛盾や葛藤を感じる方
・自分が本当にやりたいことを、どのように叶えていったらよいか分からない方
・自分の奥深い望みを知りたい方

 

アウロラカンタータ2020講習

アウロラカンタータの施術を
ご本人と二親等の家族に対して施術ができるようになる講習です
(プロとして第三者に提供をされたい方は、
別途LOVINGプロヒーラー講習、
またはアセンションライトワーカー覚醒プログラムの受講が必要です)

 

      ~ アウロラカンタータ2020講習の概要 ~

 

1.アウロラカンタータ施術
(施術者の方が、ご自身で出来るようになる部分です)

アウロラカンタータの施術がご自身で出来るようになります。
施術は無制限に幾らでも、ご自身と二親等のご家族に行っていただくことができます。

 

エネルギーを取り扱ったことがない方でも
事前に必須講習である、ラブプロテクション講習をお受けになられてから、他の講習を受ける流れになりますので、確実にエネルギーを取り扱えるようになります。

 

すべての受講者が、確実にアウロラカンタータのエネルギーが取り扱えるように、アウロラカンタータを伝授して、取り扱い方を指導しますので施術できるかどうかの不安は無用です。

 

*講 習 代 金 132,000円
*事前LOVING開発準備ワーク 4日間
*講 習 時 間 90分(人数によっては時間が多少伸びることがあります)
*受 講 資 格 ラブプロテクション講習

★2020年5月からは、遠隔Zoomでの開催となっております。

 

【 銀行振込をご希望の方 】

【 クレジットカード支払いをご希望の方 】


ご感想
ご感想枠2上ブルー

1.絶望に関する質問です。アウロラカンタータは絶望を確固たる望みに転じるLOVINGです。絶望には現時点で自覚している場合には絶望が強い望みに変わります。現時点では自覚しておらず、顕在意識にはない場合には、過去に体験した絶望のエネルギーが癒される場合があります。また、顕在意識では自覚をしていなくても、心の奥底では絶望を抑圧している場合には自分の絶望に気付くことがあります。アウロラカンタータの施術を受ける前と受けた後では、絶望の意識は、どのように変化しましたか?

▶これから新たな1歩を踏み出そうとしている時、この選択をすることによってまた失敗するのではないか、それによって絶望するのではないかという恐怖や不安がありましたが、その選択によってダメならば別の選択肢もあると気軽に考えられるようになりました。
▶絶望だと認識していなかった事が、もしかしたら絶望だったのかなーと思いました。
▶特に不幸だったわけではないが、若い頃に苦しまずに死ねるならその方がいいのにと思っていた気持ちが甦りました。その後も仕事の合間に、旅行やイベントや外出の予定を詰め込み、何かを忘れるようにすごしていたこと思い出しました。
▶自分の中に重く塊のような絶望感があって、過去に経験した出来事からくる絶望感や、生きていく事に対する絶望感など、受けてみると、絶望感がスゴく軽くなっていてビックリしました。この時もあの時も絶望感を持ったのだなと、自分が思っていた以上に絶望感を感じていた出来事があった事も自覚できました。
▶父が亡くなった事により、自分に全てが降りかかって来た事、それに対して絶望した過去があります。色んなLOVINGを受けるうちに癒されてはいたのですが思い出すとやはりつらい、やはり自分にはこの先やっていくのは無理なのではという事も多かったのが、受けてからは殆ど感じなくなりました。また、パートナーシップ問題についてもどこか自分には無理だという諦めがありましたが、男性というもの、パートナーシップというものに対して絶望を抱いていたんだなという事に気が付きました。
▶いろんなものを背負い込んで生きてきたんだなあとふと静かに思ったことで、絶望していたんだとわかった。ここ数ヶ月で、自分が思っている以上に絶望しているんじゃないか、ということが起こって、それまで絶望を感じてはいたけど、いつの間にかわからなくなっていて、変に元気でいたというか、楽しいことがあれば楽しいけれど、必ず元のどんよりした自分に戻ってしまうということを繰り返していた。今回受けてみて、どんよりしたものは減少されたのと同じに、絶望しているということを直視できたと思う。人生に悲観していると思った。そういう人ばっかりで、人生はそういうもの、生きることはつらいこととか、暗いことだ、みたいになっているなと知った。”楽しい”と笑ってはいけない、みたいなものがあると気づいた。現状、全然幸せじゃない、と気づいてしまって、辛いけどそれでもただ生きていることをやっていたと知った。なにをしてもどうあっても心が満たされることがなかったことを直視して、それはそれで辛かったし、すごくショックだったけど、そう絶望していたのに気づいたから、幸せになりたい、幸せに楽に生きたいと望むことができた。諦め癖があって望むことにもいかないから虚しさで余計に辛かったんだと知った。たぶん身近にある幸せを感じてほしいことから言われてきた、これだけでも十分幸せなんだよという言葉が、いつの間にか、これだけで幸せなんだから、これ以上の幸せを望むのはいけないことだという風に自分のなかでなっていた。本人が自分自身に言いたいことなんだろうなと思うのと同時に、それに対していつも押さえつけられているように感じていて、お前のその幸せはダメだ、贅沢だ、諦めろと言われているような気がして嫌だったことを思い出した。
▶私自身が抱えている家族環境のため、どこかにずっとあきらめの気持ちがありました。そのあきらめの気持ちの奥深くに大きな絶望感があったのだと気付きました。
▶今まで、よく絶望や虚無感を感じていましたが、ワーク後その感覚のリンク先がなくなっていました。絶望を感じようとしてみても、記憶がなくなってしまったのかと思うほど、今は思い出せません。
▶生きる楽しみについて絶望していました。地球が楽しくない。って口癖でした。色んな事がどうでもよくなっていました。でも施術をうけてから、怒れる自分、これは嫌だ!と反発する自分がでてきました。余りにも調和に意識をむけていましたが、本当は断念したくない自分のこだわりが…色んなところで諦めていたんだなって、気づきました。
▶自覚していない絶望が夢の中でよみがえり、目が覚めると内容はあまり覚えてないものの、どうしようもない悲しみ・やるせなさが次々と込み上げてきて、自分の奥底にあった無自覚の絶望に気づくことができた。
▶絶望を見ないようにして来たのかもしれません。当たり前すぎて分からなかったのかも知れません。小さい頃周りの人と言葉が通じなかったりしていたのかなぁって少し思い出しました。今は、こんな自分も好きでいられるようになった事にあやさんに感謝しております。植物やイヌやネコさんや龍さんとお話し出来ているのかなぁっ〜て寂しい気持ちがなくなりました。
▶夫との関係に関しての絶望感が更に癒されているように感じています。幼少期に感じたであろう絶望感が読書中に出てきて深いインナーチャイルドと会話することが出来ました。
▶過去に感じた大きな絶望で、思春期の時、看護師を目指していて絶望し、辞めたいと思い辞めれず体調を崩し休学した時の出来事が、絶望だったんだとハッキリと気づきました。昔に、散々向き合ってきたし、生きる上で、マイナスな深い影響を与えているなぁと思ってても、どうすることもできなかった。自覚していたけど、日常を生きる上でも、抑圧させるしかなかった。あやさんが絶望と言う言葉を表現してくださって、初めて、私は、過去の出来事を絶望だと声に出して表現することができました。諦めていたので涙が出てきて嬉しいです。
▶今すぐにはどうにもできないからと絶望的な気持ちで悲観していたことに関して、やっぱりこうしたいという気持ちがあるのだから実現させられる可能性があるんだろうと、好転させていくことに希望が持てるようになった。
▶アウロラカンタータを受ける前の目の前に起きていた事象により、色々な意味でがんばっても所詮死ぬだけだし、来世があるとしても同じような感じで過ごしていくしかないわけだし、、、という、虚無感、厭世観に包まれていました。今は、所詮死ぬとはいえ、それまでの間に出来る限りのやりたいことを自分のペースでやり続けて、愛を注ぎたいと思う存在にしっかりと注いでいこう、この世にいるうちに、という思いです。
▶感じていた絶望の深さがそのまま望みの深さ、強さだとわかりました。
▶自分が思っていた以上に絶望を強く感じていた事が何であったかが分かった様に思う。またそれが分かる事自体も含めて癒しに繋がっているように思う。
▶基礎的な鬱のような気分が絶望だったのだと思います。施術後鬱気分が晴れていて絶望が減ったことが分かりました。
▶アウロラカンタータを受けると決めたとき、自分自身に対して何より絶望していることを感じていました。そして、その奥底になにがあるのか、自分でも抑圧しているのを長い年月分かっているのに何を絶望しているのかわからずにいました。昨夜、ふっとこみあげてくるものがあり感じていると、辿り着いたのは<私のことを無条件に愛してくれる人はいない>という絶望でした。アウロラカンタータを受けていなければさらに長い年月辿り着くことができなかったと感じます。
▶私は絶望を、ほとんどを抑圧しているように思います。その一つには人間であることに対しての絶望があると思います。同居家族に高齢者がいるので、日々、心身の衰えで、若い頃のようにやりたいことがやれない現実を見ております。自分の将来を見せてくれている存在だと思っております。
▶開始時間になってすぐにハートチャクラに痛みを感じて、何かが取り出されたような感覚がしました。古い過去世で経験したとてつもない大きな絶望を胸の奥深くにしまっていたように感じています。胸の奥の方にいつも感じていたひっかかりがアウロラカンタータを受けてから無くなっていたことに今気付きました。
▶「私は関係ない」とまったく蚊帳の外の状態だった事柄が多いと思いました。たとえば、政治や人種差別などの重いニュースを自分のこととして考えられない今までの自分の反応がまさに「絶望」だったのかなと。目にした時、悲しみや苦しみではあるのになにかスルー感がある感じ。施術翌日、母がニュースを見ていて「これは絶望だねぇ」と1日に2度もつぶやいていたのでびっくりしました。またその発言にびっくりした私自身も、絶望??の「気づき」だと思いました。そして母がいきなり「おふざけ」といってピンクのマニキュアを塗っていてこれまたびっくり。母の閉ざされた絶望が癒された感満載になりました。ありがとうございます。
・先日ひとつの命の終わりを目の前にして、命について無力だと絶望を感じていたが、ふと「この経験を必ず生かして次に繋げて、これからもずっと命と関わり続けたい」と強い気持ちが湧いて来て、「あ、このLOVINGの効果って、こういうことなんだ」と気づいた。その強い気持ちに自分でびっくりした。そうしたら、その絶望の発端がかなり幼い頃に始まっていたことに気づき、ずっと自分は苦しかったんだなと、ねぎらう気持ちになった。その発端がいろいろな部分に波及していて、悲しかった多々の経験が思い出され、施術を受けた翌日・翌々日はかなり悲しい気持ちだった。
▶就職活動に失敗して、外に出られなくなっていた。ただ無気力になってしまったと思っていたが、絶望していたのかもしれないと思った。ふたたび就職活動をする気にはならないが、自分の好きなことをやるエネルギーは増えたように感じ、新しいことに取り組みはじめている。あと、以前は殺される夢ばかり見ていたが、急に自分が攻撃する夢が増えたので、無意識の中で何かが変わったのだと思う。
▶長い間絶望しなかったですが、今は楽しい事にも意識が向いたり、苦しい中にも喜びや希望を見い出せている感じがします。些細な事ですが、ふと口にする言葉の中に、やってみたい事や行ってみたい所などを言えるようになりました。
▶常に絶望を感じていたため、取り組んでいてもアクセルを踏みながらブレーキを踏んでいる状態が続いていました。また、物質的な豊かさを望むことより霊的覚醒の方が優れている、ボディやスピリットよりも魂の方が優れているなどの概念が苦しいのに、スピリットの願いや幸せを諦めなければいけないことに絶望を感じていました。物質的な豊かさを望むと指導者から否定されてきたので、そういうものだと思い込まなきゃいけなかったし、また、それが被害者意識だよなと他者や自分を責めるループになっていたと思います。そういった概念に捉われず、自分の望みを生きていいんだと素直に思えるようになりました。自己信頼も回復したと思います。
▶絶望している状態が当たり前すぎて、絶望している事にも気付かずに日々を過ごしていました。施術を受けたあと、抑圧されてきた絶望が沢山出てきて、こんなにあるんだと改めて感じました。
▶自覚している絶望は、まだ、時々、感じることがありますが、望みは強くなりました。過去の絶望のエネルギーは癒された感じがします。
▶今までの人生は絶望ばかりでふさぎ込んでいたことに気づいた。受けてみて、絶望感を忘れるくらいショックを受けていたのだと思う。前ほどのショックは受けなくなったと思った。
▶絶望だと思って無かったささいな事も絶望に感じていた事がわかりました。ワークの前からなんだか身体が疲れ気味で、力が入りませんでした。受けた翌日は身体の疲れも軽くなりました。以前目を背けていたささいな事を絶望だったんだとわかった自分もいたりと複雑な気持ちでした。その後も絶望のような怒りのようなものがでてきている状況でスッキリした部分とスッキリしない部分がある状況です。
▶自分が絶望しているものの一つに、異性関係がありました。今、思い返すととても頭を使った恋愛をしていたなあ、と思います。いくら好きでも、心より頭を使っての関係はぎこちなくて、気苦労が絶えませんでした。結果、破局、そして絶望。絶望の気持ちを奥底で持ち続けると、また気苦労と絶望を呼ぶんですよね。今はこの絶望の気持ちが癒されているように感じます。
▶絶望感の全体ではなく、ある部分が、軽くなった感じがします。望みは、湧いてくる感覚は強くはありません。
▶私が、夫と結婚して、家庭を築く中で、家族のため、家のため‥と頑張って過ごしてきたつもりでした。大切に夢見て、願ってきたことが叶わなかったことで、数年前から、やはり、絶望を感じてきたことに気づきました。息子二人に対してのことだと思います。息子たちの幸せを願うことで、自分の夢はあきらめて、封印してきていました。子供たちが思い願うことと、親である私が思い願うことが違ってきて、私は、子供たちの生き方や価値観を尊重することを決め、子供たちのために、私は私の思いを封印しました。でも、本当は、願いがあったし、それが叶わなかったことで、傷ついていたのだと改めて気づきました。同時に、夫に対して、結婚生活36年する中で、言っても仕方がない・・とあきらめてきたり、これが夫だから・・と、受け入れて期待することをやめ、我慢してきたことがありました。息子二人のことと夫の背中を見て育った息子たちのことが、重なって見えたり、男の子二人は、主人の背中を見て、育ったことで、それが、DNAなのか?集合意識的なものなのか?同じようなことを今します。そして、それを再び、垣間見ることで、私は、再び、その傷をみて、絶望を感じているのだと思います。同時に、いっそ他人だったら、恨めるのかもしれませんが、愛しているがゆえに苦しいです。私に思い願い傷ついたことがあるように、夫や子供たちにも、同じようなことはあるのだから・・夫や子供たちは、ただ、自分らしく生きたいと望んでいるのだから、誰も悪いわけではない・・と、自分がそういう思いを持っていることが、誰かを責めることになるのではないか?というような思いから、自分の思いに制限封印してきましたが、私が、傷つき絶望を感じたことは、認めていいんだと思えます。そうであってもいいと思いました。
▶思っていた以上に、生きていることや、家族のこと、仕事のことで絶望していたようです。自分軸が保てず、仕事でも「もうとにかく辞めたい」と思う日々。結婚も叶わず。仕事は、このままいけばそれなりの地位にはなるようですが、それがホントの望みではないことは、ずっと前から自覚していました。でも、いろいろなことを理由に、もう動きたくないしもう無理。どこかに行ってしまいたい、消えてしまいたいと思っていました。今もその気持ちはあります。ただ、どこかに消えてしまいたいという気持ちはなくなったようです。
▶施術前は、過去の絶望や挫折の記憶を、希望や達成感の記憶で覆い隠していたと思います。施術後は、絶望や挫折を感じた時、そこには必ず、優しく手を差しのべて、立ち上がらせてくれた人がいたこと、そのおかげで、希望を持ち続け、達成感を味わうことができたことに気づき、助けてくれた人達、絶望や挫折を乗り越え、今ここに生きている自分自身に、感謝の気持ちが浮かびました。
▶顕在意識には上がってきてない気がしていたが、前日にどうしようもない感覚になった。もしかしたらこれが絶望なのかもな…という感じだった。あまりにもどうにもならない感じで日課のパートナーとのFaceTimeも無理…すべて無理…という底無しの感覚を初めて味わった。今思えば、あの絶望感の小さいバージョンは普段からよくあったのかもしれないが一気に経験した感じだった。それ以来、あの感覚は全く起きてない。もしなんか問題があっても理由?がわかる心配とか解決したいことになっている。

2.絶望に対しての気付きに関する質問です。アウロラカンタータは、何故、絶望のままの状態になっているのか?その理由がわかるように促して、どうしたら絶望を望みに変えることが出来るか、アイディアやヒントが湧いてくるように開発してあります。アウロラカンタータの施術を受ける前と受けた後では、絶望が絶望のままになってしまっている理由や、そこから抜け出すヒントや気付きは、どのように変化しましたか?具体例も教えてください。

▶過剰な期待感を持った望みでは無く、気軽に望めるようになりました。失敗や選択ミス(ミスはないのですが)しても絶望することなく、またそこから望んでいけば良いと気楽に思えるようになりました。
▶今までもそうだったし、どうせこういう結末でしょ!と思い込んでいる気持ちに気づいた。
▶こういう漠然としたものには、トゥルーカンパネラがいいのかな?等と考えました。
▶幼少期からの思考ぐせや自分で決めつけていた定義のようなものが、無自覚だった絶望に起因していたことが何となく分かってきた。
▶今まで断念していたことに、エネルギーが動き出した時に凄く、自分の中のストーリーも手にとるようにわかりました。(チャネリングも受けています)何故動かなかったのか。嫌われたくない。捨てられたくないから自分を犠牲にしているところがありました。信頼のステージだな、とおもいました。
▶挫折したり、恥ずかしくて辞めてしまったことの中に好きなものがたくさんあったということに気づきました。その時はもうダメだ、辞めようと思ったけれど、今なら純粋に楽しめるんじゃないかな、と希望が持てました。
▶私は子供の時から、家族のことがとても心配で、常に家族の問題を背負ってきました。実家が倒産し家を失い、父母の離婚後は引きこもりの弟と母を20年以上扶養してきました。私自身も離婚しており、いつかは再婚もして幸せに暮らしたいと願ってはいましたが、どんどん年をとるばかりで、最近では、あきらめてもいました。ワークを受けた後、ふと、私がそこまでして家族を気にかけてしまう理由のひとつに、過去生で魔女狩りなどに会い、大切な家族を失っていた悲しみのため、家族を大切にしたい!という思いがあったのだということにきづきました。絶望の中には、実は家族への愛があったのだと気づき、自分が愛しく思えました。また、パートナーに関しても、父母の離婚などから、ネガティブなイメージを持っていたため、前向きに思えなかったのだということも気づきました。
▶人生を自分で選んではいけない、というような設定があると思った。許可についての大切さや重要性をブログでよく見ていて、外側で説かれるものとしてなぜか自分の中であったので、どこか他人事みたいで、それに加えて自分には無理とか、できないだろうなという気持ちがあったみたいで、受けたあと、なにかをやろうとしていたことを、今やってもいいんじゃないか、と動くことができた。今やってもいい、やりたいと思ったらやろう、と思えた。許可ってこういうことなのか、と気づけた。一番絶望していたのは、弱い自分に対してだと気づいた。そこから必死で逃げるように生きていたことを知った。もう全部許したい。そう思えた。そんなことを、今まで思ったことがなかったのに、ふと静かに願えたような、望むことができた。生きてきていろんなことがあったし、全然美しさとはかけはなれて生きてきて、怒りとか憎しみとか抱えてきたけど、もういい。もういいんだ。もう全部許したい。そう思った。全部許して、終わって、自分を生きたい。ただの自分として生きる。存在する。自分以外の全てから解放されて、ただのひとりの人間、個人として存在したい。もう全部全部終わらせたい。全部全部、許したい。そう手放そうとしてる自分に許可できた。受けてから、怯えてしまうような不安なことがあって、人間の愚かさを見た。そしたら、自分はこんな世界で生きていけるんだろうかという思いが改めて出てきた。そして、よく自分の記憶のなかからふと歌が流れることがあって、その時々でヒントのように出てくるけれど、今回それが、”愛のために歩いていこう”、”ただ、愛のために”と歌った。自分にとって闇に包まれているように見える世界は、混沌で批判だらけで傷つけあう世界で、希望もなくて悲しみに暮れていて満ちている世界のなかで、愛さえあれば、大丈夫なの?という思いが出てきた。こんな世界でも、そんな人間がいても、愛さえあれば全てうまくいく?と、不安や心配と共に、ずっと信じられないできた諦めてきたことに対して、希望を見始めた。愛がなんなのかをまだ全然理解できてないけれど、愛を信じてもいいのかなと恐る恐る思い始めた。
▶亡き父親の跡を継いだけれど、父のようにはなれないとずっと思っていて、でもそれは違ったという事に気付きました。私は私でしかなく、父は父でしかなかった、父と同じ道を同じように行こうとする事こそ無理だったんだという事が理解できた気がします。
▶自分がどう感じて絶望感を自分の中に得たのか、その時の事が自然に思い出されて、その思いを受け止めたら自然となくなりました。大切な人を亡くした絶望感は、うけとめきれなかったのですが、以前より軽くなり絶望感から悲しみに変わりました。
▶みんなとまざれない話しが通じない孤独みたいな思いでしたが人の事を優先したりいい人でいるのを辞めようと思ったのと、自分に期待をすることもやめたらすごく心が楽になりました。
▶絶望していた関係性に対して変化を求めるようになり、ワークの翌日に過去世を知る機会を得ました。上手くいかなかった原因が過去世にある事をしりその癒しに取り組もうと動きがありました。
▶自分の能力や限界を超えているのが絶望的だったと思った。最初からできないと思ってふさぎ込んでいたのがわかった。
▶過去に望んでも上手くいかなかった経験などから、無理なんだと諦めていたんだと思います。
▶願いに、いく層もの制限がかかっているように感じました。後回しにしていた課題に取り組まなければならないと思いました。いっぱいかかっている(ように感じる)制限を解放したり、もっと幸せを望んでいい許可をするとか、カルマの解放とか、やる事は沢山あるなぁ…と感じています。
▶最初の願いが目の前に現れたにもかかわらず、最終的に儚く散ってしまったことがあったり、もうすぐ叶いそうだったのに手に出来なかったことがたくさんありました。ある程度の所で止まってしまう経験が積み重なって、本当に欲しいものは手に入らないという設定になり、絶望のままになっていたのだと思います。抜け出すヒントや気づきはまだ出てきていませんが、諦めないといえ気持ちは増しました。
▶とにかく辛くて逃げ出してしまいたかったが、少しずつ現状を受け入れ始める事が出来ています。具体的な行動を起こして変えていくには時間がかかりそうですが、逃げることすら出来ない絶望から現実を受け入れ始められた事は、一歩進めたのかもしれません。
▶要望を声に出して表現しやすくなった。それまでは人から理解されることをあきらめていて、話もしたくなく、人の要望に対してだけあいづちをうつようなコミュニケーションの取り方が多かったが、何を頼めばいいか、どう言えばいいかがわかりやすくなった。
▶人から、「そういう時は助けを呼んでよ!」と言われたことで、「誰も助けてくれるはずがない」と思い込んでいて、助けを呼ぼうという意識がまったくなかったことに気づいた。助けに関して、絶望していることにも気づいていなかったが、気がつくことができた。絶望しているからこそ人に対して閉じていたわけだが、その人の一言で、自分が閉じていたと気づくことができたし、また閉じ続けていたからこそ、絶望が続いていたのだと思った。人に対して少し開いて見れば、変わることもあるのかもしれないと思った。
▶まずは、意識がスルーしていた問題を、少し立ち止まって、絶望・・?望みに転換する余地・・?と向き合って内観するようになりました。まだ、隠されていた望みに行き着いていませんが、自分でつけている制限や、自分でつけいると気づいていない制限の発見になると思います。
▶私が絶望として胸の奥深くにしまっていたものは自分にとってとても大切な事柄であり、今生は形を変えてそれに向かい合いたかったんだということに気づきました。そこに気づくことができた途端、深く癒されたことを感じました。
▶アウロラカンタータの施術を一緒に受けた夫のことについてです。夫の猫背の姿勢が、長年気になっていましたが、話題にしたことはありませんでした。最近、夫が「姿勢は、大切であらゆる健康問題に繋がっていく」と言い出しました。姿勢をサポートするプチ座椅子?を職場用と自宅用に購入しました。日頃、お酒ばかり飲んでいる夫が自分の健康について取り組むことは珍しいことです。
▶自分自身に対する絶望は、幼少期からずっとあり、どこにいても違和感と居心地の悪さがありました。努力しているのに馴染めず、消耗し、人と関わることに疲れてしまうことを繰り返していました。人の役に立ったり周りや環境に合わせないと自分を受け入れてもらえない。居場所もない。そんな絶望が幼少期から私の中にずっと消えずにあって、大人になってからはきちんと働けない生産性のない私は存在しているだけで誰かの負担になっていること、結婚後は家事や子育てを思うようにも求められるようにもできず、社会的にも役に立っていない私は居てはいけない。という存在悪的に自分自身を責め続け、追い詰めるようになっていました。数々のLOVINGに助けられ、その頃と比べると生きることは格段に楽になっていますが、絶望は残っていました。そこから抜け出す気付きやヒントはまだわかりませんが、どうしようもない私自身に対する絶望に、やっと目を向けてあげることができる機会を与えていただいたこと、そしてこの絶望を癒していくことができる希望に、安堵しています。
▶能力が低いからやってもダメだと何回も繰り返し浮かんでいたことに気づいた。
▶自分にはどうにも対処出来ないといった無力感が強かったように思った。またそれが弱まってきたように思う。今後はこれまでより冷静にフラットに物事を捉えていくことが出来るように思う。
▶私は絶望自体をジャッジし、同時に怖れてもいたのだと気づきました。絶望に対してだけは、あってはならないかのように抑圧して感じていないふりをしていたことで、望みもまたわからないという状態に陥っていました。存在している絶望を受け入れ、怖れずに感じきることで、その大きなエネルギーが逆に望みを生きるための強さに転じたと感じています。
▶共感すること、相手に理解されること、自分も相手を理解すること・・・などが自分が絶望から抜け出した直接的なきっかけであり、その逆が、絶望へ入ったきっかけでした。理解されない。批判される。共感がない。・・・家族や親しい人たちとの関係の中で、また再びこのようなことがあれば、やはり絶望するのかもしれない、、という疑い(?)もちらっと去来はしますが、ただ信じて伝える、愛を注ぎ続けることをやめるつもりはありません。
▶家族関係が枷になっているのに、孤独になることに恐怖感がありすぎたので、結局現状のまま動かせずにいたのが、最悪ひとりでもやっていけないわけではないし、としがみつかずに何が必要か考えられるようになった。
▶思春期の時から、虚弱体質で疲れやすく、まわりは、青春を謳歌してるように感じられるのに、生きること、ただ、感覚を麻痺させ存在しているだけで精一杯で「どうせ私の人生こんなもの。」と諦めていました。未来に希望なんてなかったです。今は、肉体の疲れやすさや体力のなさから、いろんなことを諦めて、外側にプラグをさしこみ、まわりの望む期待に答えてきたロボットみたいな過去だったと表現でき、諦めではなく、ただ、深く受け入れることができ、前と後では、クッキリと違いが大きいです。今までの社会の在りかたに自分を添わすのではなく、自分の在りかたに新しい社会を創っていき添わすことに変わりました。基準が自分、まず、そこから、どう生きて、どのように健康管理をしていきたいのか?どう人間関係を創っていって、コミュニティを創っていって、どうお金を作り出していくのか?また、新たに、覚悟ができてきた感じです。少し、冷静にクリエイティブになりました。
▶結婚を機に自分を型にはめたり諦め感が出るようになり出産後から更にそれが強くなり激しく被害者を演じてきましたが、本当の本当に心底変えていきたい気持ちに切り替わっていますので環境や相手に対する不平不満や批判が減りストレスが軽減しています。そして、どうしたら変われるか、変われない自分に負荷をかけ自己否定や他者否定に堕ちていた日々から脱却しているようです。
▶自分に制限を付けていたのですね。「~であらねばならぬ」とか「それは無理」とか。この発想の転換は覚醒とつながっていると思いました。覚醒とは見方が変わる事で、こだわりからの解放。あやさんのブログがこのあたりの理解にとても役立ちました。
▶絶望の根源が、主人との結婚生活の中で、私が、許せない!と感じたこと、夫の価値観や考え方があるのだから仕方がない、言っても仕方ない。。いいえ言ったこともあったけれど、適当にあしらわれてきたことなどが、改めて、傷となっていたことに気づき、再び、葛藤が生まれます。今日、ふとしたきっかけから、感情があふれ、主人に、その思いを伝えてみました。言っても仕方ないとは思ってきたけれど、今日は、言わないではいられない衝動に駆られてしまい、言いました。またか・・?と流されているのかもしれませんが・・夫から見れば、私に対してだって言いたいことはいっぱいあるだろうし、ひょっとしたら、許せない!と思っていることもあるかもしれません。口にして伝えてしまえば、夫を否定し、傷つけてしまうかもしれない、ぶつかるのも嫌だ・・・と思ってきましたが、私が、絶望を感じ、苦しんできたことなんて・・思ってもみなかったのでしょうし、夫自身が見ないようにしてきたことなのかもしれません。お互い、今日まで、いろいろあったし、よかったこともあるし、迷惑をかけあったことも、実際あるし、お互いさまのところはいっぱいあるけれど、私が、傷ついていること、絶望を感じていることには、違いないのです。封印するのでなく、その思いを持っていてもいいんだと、自分で容認することにします。そして、ここ1年近く、二人で、写経したり、護摩焚きをしていますが、引き続き、自分の煩悩と、因果応報、よくも悪くも、実った果実は、刈り取らないといけないと思っています。そうして、人生の幕引きに向けて、ピュアにライトに、きれいにしていきたいと思います。
▶絶望が絶望のままになっていた理由はそれ以上のことはできないと諦めていたのかもしれない。諦めているのにずっとしこりのように永遠とこびりついている感覚だった。今は、抜け出すヒントや気づきが普通に降りてきたりあまり気にしなくなった。
▶施術前は、絶望を感じるのは「世界から拒否されたから」「世界に受け入れられなかったから」というように、原因が外側にあると思っていました。施術後は、絶望、希望、どちらも自分の思考が生み出していて、世界はいつでも自分の思考や行動を受け入れ現実化しているのだと気づき、たとえ絶望を感じても、立ち止まって絶望と向き合い、心を癒し、思考を変えて再挑戦することで、望みを叶えられると思えるようになりました。
▶願いに制限をかけていたかもしれません。絶望状態を維持していた方が、その時の私としては、動かないことに理由がつくためある意味楽でした。地球で生きていくこと、仕事をしていくことがリアルに感じるとしんどい。もう何もしたくないけどしなきゃいけない・・・その狭間の中で絶望していました。私にとって絶望=感情を押し込める(押し殺す)という構図が出来上がっていたのだと。そりゃしんどいですよね。

3.望みの質の変化による、未来のイメージの変化の質問です。アウロラカンタータは、絶望の状態から望むことが出来る状態になることを促すLOVINGです。今目の前に存在せず、絶たれているという地点から、創造していった先に自らが望んだ結果があると感じられるようになります。そうすると、自らが望んだ先の未来を感じられるようになります。アウロラカンタータの施術を受ける前と受けた後では、どんな風に未来のイメージが変わりましたか?

▶やっぱりダメなのでは無いかという起こってもいない未来に意識が囚われていましたが、その不安な意識に囚われることが無くなりました。きっと良くなっていくだろうという気軽さ、余裕が生まれました。
▶早く思いきらないとと思いつつ、その先に不安を感じてしまうことがあるが、だんだん先の人生を想像できるようになってきています。
▶自分の中に未来を感じる事が出来なくて、いつまでこの状態が続くのだろうと思っていましたが、なんとなく明るい未来もあるのかもしれないと思えるようになりました。
▶どんなに頑張ってもいつか必ず最悪の形で会社をつぶすという思考が消えなかったのですが、何らかの形で続いて行くような未来も普通に想像できるようになりました。もしかしたらつぶす事も確かにあるかもしれないけれど、自分にとって会社にとってあらゆる人達にとって発展的・創造的未来のための最善としての選択のひとつになるかもしれないし、今の私であれば、最善であると判断すればそういった選択も取れるのではないかという気がします。またパートナーシップ問題についてもあまり悲観的にならなくなりました。妥協や諦めのようなものは必要ないのではないかと思えています。
▶人と同じ生き方をしたくて生きてきたけど、どうあってもそれが叶わないことに以前から絶望していて、それが受けたあと、一般的のような同じような生き方をもししていたら、同じだから安心はしたのかもしれないけど、自分にとっては苦しくて不幸だったなと思った。同じように生きられないことを嘆いて、自分はダメなんだと思っていたことが、この生き方を自分で選べていたんだ、これが自分にとっては幸せになる道の始まりだったともう一度知ることができた。無意識にちゃんと自分の声を聞いて、動けていたけれど、人と同じようにできないことが怖くて絶望にしていたのかなと思った。絶望していたけれど、これが私の生き方だったという、創造している自分を知れた。それが少し自信になった。希望になった。
▶今までは、もう無理かな?と思っていましたが、今は「ああ、大丈夫かも!」とポジティブに思えるようになりました。
▶未来のイメージがとても明るくなりました。ワーク後、笑顔になることが増えて、未来って楽しく創造していっていいんだな、と気が楽になりました。
▶とにかく生きる事に対して無気力でした。ギリギリ社会活動はしていましたが、心はカラカラでした。しかし、施術が終わった後…色んな私生活にドキドキしている事がわかりました。絵を描く意欲もわいてきました。自分のしたい事が誰かの役にたたなくても、描いていいんだよ。という感じで満たされました。
▶ずっと自分の願いや望みが見出せないことが苦しいと思ってきたが、施術後から、自分の願いや望みについて重たく考えすぎなのではないか、もっと軽やかに楽に遊ぶように探してみれば良いのでは?と思えるようになり気持ちが楽になった。
▶私と出会う方たちが少しでも心に小さくてもいいので灯火が灯せるようにいつも思っている事を思い出せました。いつも夢のような事を考えたり、現実離れな事を考えててもこれが私と思えるようになりました。
▶未来が想像できずどうすればいいのか、どう生きていけば行けばいいのか分からず漠然としている未来に不安や焦りと絶望感がありましたが、今は不安が減りなんとかなる感と自分のなりたい未来は想像し創造すればいいだけ、とにかく気楽にいこうと思えています。
▶自分は今世では自己犠牲はしないと決めてたものの、まだ、「奉仕と言うのは自分を犠牲にして行うものだ。肉体が上手く機能しないなら無理。」と言う信念がありました。今は、本当に、解放され、軽く、そこに強い光りか降り注ぎ続けています。人はクリエイティブな存在なのだから、自由に軽く生きていくイメージです。
▶今でも良い未来のイメージが具体的にはわかないのですが、ポジティブなほうへも可能性があると感じられて、希望や明るさが出てきました。
▶ストッパーがはずれたようなかんじがします。今もストッパーは外れたままあります。ただ、そのストッパーの存在を感じている自分がいて、だから完全に自由に解き放たれたということではないのかもしれません。でも、そのストッパーを自分でとめることはないです。
▶自分の深い望みを知り、それが叶わない未来の方が不自然だという気持ちになりました。そして、望みが叶う未来を確信できるようになりました。
▶未来について必要以上に心配に考えなくてもよいように思う。今後は気づきが糧になっていくように感じる。
▶未来は絶望的であまり考えたくない感じでしたが、同じ結果だったとしてもまぁそれでも良いんじゃないと軽く明るく思えるようになりました。
▶私が愛され幸せでいるイメージができなかったのですが、そんなことももしかしたらあきらめなくても良いのかもしれない。と、閉ざし絶望していたところから望みを持つ余地があたえられました。幸せになりたいのに<私のことを無条件に愛してくれる人はいない>と 絶望していたから、どんなにそういう状況があったとしても信じることができない世界の中で生きていたと、気づくことができました。<私のことを無条件で愛してくれる人に出逢いたい><安心しほっとできる居心地のいい帰れる場所が欲しい><私のことをちゃんと見て寄り添ってくれる人がほしい>今まで、ずっと我慢、遠慮し、そんなわがままなことが許されるわけないと思っていた自分自身の望みがやっと顔を出し、そんな未来になっていたらいいな。と思えるようになりました。
▶未来のことを死後の世界とするわけではありませんが…。最近、夫が義母は飢餓界に落ちているようなことを言い出しました。義母の言動からは、納得してしまうことも、少なからずあります。このまま亡くなったら救う事が出来ず、私たちにも関わってくることになるかもしれないと。。何とか飢餓界から離れられるような日常を送れるようにサポートしていこうと感じているところです。
▶以前は良い未来のイメージをしても、そこに行き着く方法がどうしてもわからないようなところがありましたが、今では良い意味で現状とかけ離れているようなことをイメージしたとしても、きっとそうなるんだ!と何故か思えるようになりました。
▶未来のイメージというほど大きく変化に気づいていませんが、抑圧していたということを考えてもみていなかった、ということで、可能性が広がった気がします。
▶いままでは、自分の行き着くところがホームレスのような気がして、そういった人たちを見るのがつらかった。マゼンタフレイムを受けてから、「どうせダメ」とは思わなくなり、日々の創作は楽しくできていたけれど、自分の今している活動が、輝かしい未来に続くことは想像できなかった。しかしアウロラカンタータを受けた翌日、思いもしなかった方面からの仕事が入り、もしかしたらこのまま同じ創作を続けることで、自由な未来が来るかもしれないと思えた。施術から5日しか経っていないが、このままやれるんだという感じがしていて、軸が据わったように感じている。
▶先のビジョンが具体的に浮かんでくるわけではないが、「どうせ人類滅ぶんだから」という考えがあったのに対し、いま目の前の好きなことをしていればなんとかなるように思えて来ている。滅ぶと思いつつ、このままの生き方でいいのかわからなかったが、少し安心できた。
▶力を抜く所や踏ん張る所の匙加減が上手く調節出来ている感じがします。必要以上に頑張らなくて良いと思えるので、時間にも体力的にもスペースが出来て、休日をゆっくり過ごす余裕が出てきています。
▶「こうなったら良いな」よりも「最低でも現状維持」という思考だったのが、望みの方へ向くようになりました。望むことに罪悪感を感じていましたが軽減したと思います。
・準備をきちんとすれば出来なくもないなと、施術を受けた後は、出来るかもしれないという方に意識が向いてきてるように感じます。
▶今までは、望んでも、どうせ叶わないと思い暗いイメージでしたが、明るいイメージになりました。
▶過去に感じていた絶望と未来は延長線上にあるものではなく、今創造していくものだと気づいた。ただ100%力があるとは感じられていないと思う。
▶本当は自分の世界で関係する人は全員、敵味方なく仲間なんだ、と感じる事が出来だしています。肩の力を抜いて <愛の視点で>自分の人生劇場を眺めるような気分です。未来を良い方向に創造していける予感がします。ずっと絶望し続けて人間嫌いで一人でいる事を望んでいたのが、徐々に薄れてきていて、最後の一押しを得られた感じ。世界観が逆転しつつあります。絶望からくる恐れが強すぎて望むことを抑え込んできましたが、そこが癒されました。
▶絶望感だけだったことが、良い未来のイメージを持てるようにはなりました。ただし、過去が悪かったので、最後は駄目じゃないかとも不安感も同時にあります。
▶未来に向けては、そう感じている自分を認めつつ、癒されたいと思います。そして、夫や息子たちへの思いも、心の底から、彼らの健康と幸せを願えるようになりたいと思います。夫や息子たちとの関係性も、個としての自分を生きる姿勢に変わり、応援しあえたらいいと思います。
▶絶望=希望だな、と。素直に思えます。今までの絶望と真逆になりました。シンプルに書いていますが、シンプルだからこそ、すーっごい変化です!
▶施術前は、今の自分が、過去に望んだ自分になれたか、これから成り行くことができるか自信がありませんでした。施術後は、絶望や挫折を感じながらも、有形無形の助けを借りながら、希望を持ち続けた結果、過去の自分が思いもつかない幸せな状態になっていると気づき、これからも、日々感じる喜びや幸せを支えに、新たな可能に満ちた自分の未来に希望を抱きながら、自分のペースで生きていけると思えるようになりました。
▶先のことに対する心配がなくなった。その時にまた望んだようになっていくだろうっていう軽い感覚になった。

4.絶望のエネルギー解消に関する質問です。アウロラカンタータは、絶望のエネルギーを解消して、望みに変えてしまうため、重苦しくてドッスリ入っている絶望のエネルギーが解消されることで、軽く動きやすくすっきりします。例え、どんな絶望があったのかということを認識できなかったとしても、絶望のエネルギーが解消されると、爽快で身軽になった感覚を感じられるようになります。アウロラカンタータの施術を受ける前と受けた後で、『絶望』という言葉を聞いた時に感じるイメージはどのように変化しましたか?

▶絶望という言葉を聞くと、自分は絶望するほど悪い人生ではないと考えていたが、絶望している部分があることに気づいてなかったのだと気づきました。
▶やっぱりダメなのでは無いかという起こってもいない望みたくない未来に意識が囚われ、重苦しさを感じていましたが、その不安な意識に囚われることが無く爽快な感じになりました。きっと良くなっていくだろうという気軽さ、余裕が生まれました。
▶なんとなーく、少しだけ軽くなったかなーとは、思いますが、まだ明確な変化は分かりません。
▶自覚している絶望と無自覚の絶望は全く別物であり、特に無自覚の絶望が現在の自分に与えていた影響が大きかったことに驚いた。施術後は体自体も大変軽く感じ、これまで多くの絶望を抱えながらも生きてきた自分を褒めてあげたいと思えるようになった。
▶未来に対して凄く軽やかになりました。なにか、楽しんでいきたいなという気持ちが強くでてきましたし、楽しめる予感がしてきました。
▶何も感じないくらい絶望していました。生きていてもやることないな〜と思っていて、絶望はずっとついて回るものだと思っていました。ワークを受けてみて、好きなことを全部“無し”にしてしまったから、やりたいことがないんだと分かりました。今は、絶望は終わらせられるんだ、と実感しています。
▶ワーク後は、何かとても軽くなっています。「絶望」という言葉があまり自分の中に入ってこないように感じます。(聞いても、あまりネガティブに感じない)
▶無気力感や倦怠感のような、生きる怠さが減少したと思う。はっきりこれ、というものはわからないけど、確かに以前とは違う感覚がする。心やお腹の辺り、体の内側が軽くなった感じがある。絶望のエネルギーが棒状のエネルギーであることを読んで、感じてみるといくつかあるように思った。それが受けたあと、全部なくなったわけではないと思うけど、減ったように思う。重たさが減った。
▶もう後がない、もう先になにもないという感覚でしたが、それらはなくなったように思います。そういえばそんなふうに思ってた事もあるけど別に普通だなぁという感じです。
▶絶望感が自分の中を支配していて、どうにもその場から動けなくて、でも他人に頼りたくない部分であり、自分でワークをするにもツラくて見たくない部分で手付かずでした。それが、一回でも大分解消されたのを感じで、軽くなりました。
▶こうやって生きていられる事に感謝が湧きます。私は今とても幸せですが、どこかで昔の自分が癒されていなかったのかもしれません。何をしても意味がない、いつかはみんな離れていく、悪者やいじめにあう事は仕方のない事だと諦めて絶望していたのかも知れません。
▶ワークを受けた翌日身体がかるくなりました。長年の肩こりがありましたが、肩まわりが軽くなった気がします。ワークを受けた日の夜の夢が不思議でした。夢の中でまわりからはっきりした、悪臭がしてきました。原因をさぐると、今まで気がつかないところに蓋があり蓋をとると中にいろんなゴミやものが詰まっていて水が流れないようになってました。びっくりしながらもそこの掃除にとりかかる夢でした。偶然とは思えない夢で潜在意識にワークの効果があらわれたのだと思いました。
▶人生の大半は絶望だったとわかった。何をしてもダメ、無気力が多かった。今も0ではないが、気づいたということはまずは現状を受け入れられたのだと思った。やりたいことを気軽に行動に移せるようになって縛られていたものから解放されたと思った。
▶前より、重苦しさを感じなくなりました。
▶そんなに絶望しているという自覚があまりありませんでしたが、施術を受けたあと、重くてずっしりとしたものが浮上してきました。これだけの絶望を抑圧してきたんだと改めて気付くきっかけになりました。2回目の施術を受けたらこのずっしりがどれだけ解放されるか、望みに変わるか楽しみです。
▶落胆し暗いイメージだったのが、光が差し込んでいるイメージに変化しました。
▶以前→言葉に必要以上の重さがまとわりつく感じ。どっしりと重たい。現在→言葉としての認識のみ。ただの文字としての意味以外は無し。
▶とにかく無気力で、ほとんどやる気が出なかったが、創作のスピードは上がったと感じる。絶望をはっきり意識していたわけではないが、絶望していたのだと思う。
▶いくつか絶望というか、諦めを感じていた項目があって、それらがどんな風に変わるか眺めていた。一つ目の諦めは。男女関係についてだった。これからも決してうまくいくことはないと思い、意識を向けるつもりもなかったが、施術後は取り立てて意識を向ける気はないものの、絶望というほど重い意識はなく、ただ気が向かない程度のことになった。そちらに気が向けば、それもいいくらいに考えるようになった。もう一つは、賞を取ることについてだった。特に意欲や関心が向くこともないが、以前のような、特にコンプレックスがあるようなこだわりはなくなった。全体に行動の前の逡巡が減り、あれこれ考える部分が減ったような感じがする。フットワークが少し軽くなったような、ためらいが減って行動に移るのが少し早くなった感じだ。先月の今頃よりはずっと忙しくなっているが、エネルギーのムダづかいが減って、負担が減っていると感じる。昨年の前半は先行きにも断捨離にも躓きを覚えていて、まさに身動きが取れず八方塞がりだったが、いま「絶望」と聞いても、ただの通過点のように軽く感じる。
▶実際「絶望」という言葉が、家族の会話で何回か登場しました。つまりは重さが消えて、表面に現れているのは確かだと思います。
▶身体と心が本当に軽くなりました。身体は特にずっと押し込められていた窮屈な場所から解放されたような感じがします。絶望してきたことは今生だけでも思い出すと沢山ありますが、自分が絶望を感じていた事柄のひとつひとつを感じてみると、それらの望みを叶えたかった自分が愛おしく感じられました。古い傷が癒されることが許されたように思います。
▶施術後は、説明文通りの重苦しさがなくなり、軽く動きやすくすっきりした感覚になりました。これまでは、絶望は自分にはどうすることもできないものでしたが、今は変えられるものだと思えるようになりました。
▶自分の中に存在していた絶望の多さと、自分の存在自体を否定し許せないと感じるような重さを抱えながら生きていたと感じると、よくここまで頑張って生きてきたと自分自身を労わりたくなりました。この絶望と共に生きることを終わりにしてもいいと思えると、深い深い海底の巨石の下からやっと水面で息ができるようになったような浮上感と軽さを感じています。
▶絶望と聞くと重たくずしっとくる感覚でしたが、今は心がわりとフラットに変化しています!嬉しいです。
▶絶望にまつわる重苦しさが軽減し、その分余白が出来たような感じがする。また絶望には何らかの恩恵があると捉えられるようになったと思う。
▶絶望をネガティブに捉えなくなりました。絶望と共にそのエネルギーの重さを感じても、その重さの分、望みを生きようと決めた時に自分を押し出してくれる大きなエネルギーにもなってくれると感じるようになりました。
▶絶望という言葉で表現される状態に自分がいたことに、あまり気づいていませんでした。気づいたらそうなっていた、というか、その状態を指す言葉が「絶望」だった。あぁ、、そうか、私は絶望していたんだ、、、と気づく、という状態でした。今は、その状態になることを選択しない、のようなかんじ。私にとって全く無関係ではないけど、私は選ばない、という・・・静かに冷静に私が選ばないものだと確信するかんじです。絶望に飽きて、もう選ばない、、という感覚にも似ています。絶望を味わい尽くして、0地点に立つ、絶望からの再生、希望。。元気満々ではないけれど、新しいエネルギーがふつふつと湧いてくるようなイメージです。
▶重苦しさが軽減して、ポジティブな可能性のようなものが感じられるようになった。
▶施術を受ける前は、頭が抑えられ、吐き気がしていました。このエネルギーが絶望なんだなとわかりました。施術後、重いものがスコーンと抜けて、肉体が軽くて気持ちも穏やかです。できなかった、日常のルーティーンが自然とこなせるようになってきて、掃除ができ、思考も上手く使えて、意志の力を使えるまで回復しました。やりたいことを書いてイメージできるまでなりました。施術前は、絶望=罪悪感て言う設定がありましたが、施術後は、弱さと強さが織り成すように流れていってます。施術前は、いつ、いろんな影響を受けるかわからないし、身体がしんどくて、動けない前提で、日常、人との関り、やりたいことを最小限に絞って生きてました。生きること=絶望しかなかったのだと思います。施術後は、生きる希望が回復してきました。愛を表現するために自由に踊ろうと気力も回復してきました。やりたいことが、また浮上しはじめています。
▶施術前に確実に感じていた絶望感、時々ふっとやってくる感覚,死にたいとまで感じていたのが今は感じていません。以前には存在していた自分の中の真っ黒な重い塊…何処にいったのかなー…あーなんだったっけ、あれだったかなーと遠い目で感じられてもいます。重くのしかかっていたものが取れ気持ち軽やかでネガティブスパイラルにハマらなくなっています。絶望感を持ち続けていた執着心も取れたようで恨み辛みも感じなくなっています。
▶本当に軽くて爽快!前に感じていたこの重みは絶望から来てたのですね。抜けたからこそわかるこの軽さです。前向きな気持ちになっています。
▶少し感覚的に軽くなった感じはします。全てではありませんが、エネルギーが解消されたところはある感じです。
▶数年前に、いろいろなものを手放して、それからは、前向きに何かをする気持ちにもなれず、人生、もう終わりにしたい・・と願うようになっていました。期待は裏切られる、報われない感が襲ってきたり、自分が貧乏くじを引いたように思えたこともありました。自分のカルマの関係でこうなったのかもしれないし、ご先祖様からの因縁、カルマがあるのかもしれない・・因果応報、今生での自分が蒔いた種は自分で刈り取らないといけない・・と、カルマを解放するため、ライトワーク活動もしてきました。よりピュアでライトになりたいと、いろんなことに取り組んできています。絶望・・まさしく、私は、絶望を感じていて、子育ても終わってしまって、子供たちの存在が自分のエネルギー源だったのだと気づき、からの巣症候群かな?と思ったり、家族も仕事も、環境が変化して、大きく心は痛手を受けていたのだと思います。スピリチュアル系では、魂の学びと成長の旅を歩いていると教えてもらって、すべて、嘆かず、いや、嘆きながらも、受け入れるように、内観して、癒すことに集中してきています。現実的な活動ができているのかどうか?引きこもりがちになってしまったことも否めません。それまでは、事業や経済活動にも、前向きに取り組んだ時期もありましたが、2015年以降は、次男に家出されてしまったことがきっかけで、今まで、大切にしてきたものやことの価値観が大きく崩壊してしまい、生き方を変えたくて、仕事も住んでいる家も、環境も大きく、手放してしまいました。そのことが、思いきってやったことが、とてもよかったことであると同時に、絶望感も大きかったのだと、改めて気づいています。5年たつと、住めば都です。環境を変えたことで、新しい自分にもなれてきていますし、新しい生き方を目指せたことは、心の痛手は大きかったけれど、とてもよかったことだと思っています。きっとより自分らしい、ピュアでライトな自分になって行くために必要なことだったと信じたいです。現実的にも大きな手放しでしたが、大きな決断英断できた自分のことは、ほめてあげたいと思います。まだ、自己肯定感は、低いかもしれませんが、自己否定感は、軽くなっていると感じているし、ため込んでいた垢とでも言うのか?背負いこんでいたものは、軽くなってるし、よりピュアでライトにも、なっていると思います。今回のテーマ 絶望は、かなり、厳しいというか?ハードなきついテーマですが、こうして、アンケートに答える機会を得ることで、自己内観できて、お掃除できていくのだなぁ・・と感じています。ありがとうございました。
▶まさに押し留めているようなエネルギーが解消された。前は、心配や絶望?に浸ることもドラマチックに感じたかったのかもしれないけど、疲れるしグルグル巻きになっちゃう感覚だった。今は正直暇になった(笑)けど、グルグル巻きに押し込めるエネルギーから解放されて、色々と動きたくなる感じ。
▶施術前は、「絶望」という言葉に、全ての可能性が絶たれた感じ、世界から拒否された感じを思い浮かべ、「もう動けない」「諦めるしかない」という気持ちになりました。施術後は、「絶望」が、時期尚早だったり、本来時間をかけて良いのに焦りから結果を急ぎすぎたり、より良い道を見いだすための試行錯誤のステップだったり、全て一時的な理由で発生した結果に動揺し感じた痛みであること。そして、本当に大切な望みは、どんな結果にも左右されず、願い続け、叶え続けることができると思えるようになりました。
▶どん底にいったら這い上がるしかない・・・というのは、よくある話で、私も経験ありますが、でもやっぱりつらいんですね。これは、這い上がるのがスッと自然なのかもしれません。

5.アウロラカンタータを受けようとご検討している方に向けて、一言メッセージをお願い致します。

▶新たな1歩を踏み出すとき、分岐点にきているときに起こる「過去の絶望(失敗)」に囚われること無く、気軽に気楽に進んでいく後押しをしてくれます。
▶絶望に思い当たる事がなくても、今辛いのであれば受けてみても良いワークだと思います。
▶表面的には気づいてないことがあると気づかされます。
▶絶望感を感じている方は、向き合わなくても楽になります。私は、このワークに本当に助けられました。気づかないうちに抱え込んでしまってている絶望感も沢山ある事を、楽に実感して手放せます。
▶深い絶望によって動けなくなっている方、望んでも先がないと思ってしまっている方におすすめしたいです。
▶個人的に、体の感覚の変化が不思議な感じでした。以前とはなにかが違う、ということが肉体感覚でわかりました。心の具合はあとからぽつぽつ出てきたので、すごく、静かに向き合えるようなLOVINGだったかなと思います。できないと絶望していたことも、別の視点ではできていたことを気づくことができました。絶望して動くことも、なにをすることもできないということを知っているので、そこですぐには動けないし立てないことさえ、責めてしまう人に。アウロラカンタータを受けてみてほしいです。
▶とても深くてすばらしいワークだと思います。本当の自分自身を取り戻して、幸せに生きて行くために、「絶望」を癒すことは、とても重要だと思います。
▶長いこと絶望感が当たり前になっていて、終わらせられるなんて想像できませんでした。でも、ワーク後、絶望は消えてしまい、昔ワクワクした感覚がおもちゃ箱を開けたみたいに飛び出しました。毎日が色彩豊かになり、もう以前の感覚が思い出せません。無感動、無関心な日々を変えたい方に是非おすすめしたいです。
▶私は失恋のエネルギーで自分の自信を何回か失っていました。人生が楽しくなくなっていた人にもおすすめです!
▶自分に宿る絶望のエネルギーが想像以上に大きかったことに驚いています。絶望の自覚のない方であっても、すべての方に何らかの良い結果をもたらすLOVINGだと思います。
▶絶望って当たり前すぎて分からないのかも知れません。今を生きれる事に感謝が湧きます。いつもワークを受けるたびに蘇ります!多くの方にオススメです。
▶絶望感のあるなしにかかわらず受けてみられることをお薦めします。心身が軽やかになり前向きになれますし自己肯定感もあがり、過去や未来でなく今を安心して生きていけますよ!
▶あやさんが、構築されたLOVING全て、全人類に必要とされてるものだと、いつも感じています。この、アウロラカンタータは、どの人にも必要ですが、私の経験から、特に、思春期に生きる希望をなくした方々に、とても効果的な施術だと感じました。今、サポートを必要としている方々に届きますようにと願っています。
▶絶望を感じたことがあったり、身動きが取れないでいる人は、楽になったり、気持ちを切り替えて動きやすくなると思います。
▶絶望から立ち直るまでの時間が短くてすみます。絶望を味わい尽くしたら、いずれ立ち上がりたくなりますが、その時間が短くて済みます。もしくは、絶望の無限ループから抜け出て、ループを客観視することができます。
▶私はアウロラカンタータを受けて、絶望の深さがそのまま自分の望みの深さだったとわかった時に、絶望自体が昇華され、大切な望みを生きていこうと決めることができました。絶望としてまだ感じていなくても、全然前に進めない感じや無気力さ、虚しさを感じている方におすすめしたいLOVING です。
▶絶望はやはり重いエネルギーであり、動きを止めるものであった事が分かりました。施術を受ける事で軽くなるのもありますが、何らかの気づきや可能性が見えてきやすくなるように思いました。
▶鬱的な気分が晴れました!このLOVINGも受けられてよかったです。
▶アウロラカンタータを受けようと思うまで、私の中にこんなにも絶望があるとは気づいていませんでした。抑圧しているものほど、自分で気が付いていくのは難しく、長年自分が何に苦しんでいるのか探し続けていました。アウロラカンタータによって、その謎と苦しみが一つ解けほぐれてていくように感じています。よくわからないけどずっと抱えている苦しみのある方に、ぜひ受けて頂きたいLOVINGです。アウロラカンタータ、受けて本当に良かったです。このLOVINGを開発して下さり、本当にありがとうございました。
▶自分の絶望が何かわからなかったのですが、施術後に軽く動きやすく、すっきり感味わうことができました。自分ではどうすることもできなかったと思うので、とてもありがたいです。ありがとうございました。
▶これまでにも幾つものLOVINGを受けさせていただいて、どれも素晴らしかったですが、体感と気付きが多さではアウロラカンタータがダントツでした。私は受けることができて本当に良かったです。
▶自分の絶望への抑圧に気づいたときに、目の前の母をみて、まさにいっぱい抑圧してる~~と感じたので、私と母と受けました。二人とも表面にはなく本人も気づいていない「心の奥底で絶望を抑圧している状態」だったと思います。私の絶望タイプ?は自分では気づかないで抑圧し感情がスルーしていることだったので、LOVINGにお任せしてよかったです。
▶絶望と意識していたことについて、強い意欲に変わったものもあれば、新しい展望を得たもの、悲しみとして意識され流れていったもの、また一方でこだわりが取れて特に意識しなくなったものもあり、全体として見ると行動のためらいや迷いが減って、前に進みやすくなったようです。多くの絶望が意識されないストッパーとして残っていたように感じるので、ものごとに取りかかり辛かったり、行動しにくさを感じることが多い方は受けてみられるといいと思います。
▶無気力でやる気が出なくても、少し動ける範囲が増え、気持ちが明るくなったので、同じような状態の人にお勧めしたいです。
▶おすすめします。
▶叶わないことに絶望したり諦めたくなった時に、受けてもらいたいです。本当の望みや希望が見えてきます。自己信頼も増すと思います。
▶自分が絶望しているという自覚がない方も、受けてみたら、どれだけ絶望していたか気付くきっかけになると思います。
▶軽くなると思います。おススメです。
▶絶望で苦しみ、身動きが取れない人に受けてもらいたい。
▶あやさんの、ワークは奥が深さに驚かされます。紹介文を何度か読んで気づいたり、わかったりするものもあります。はじめは受ける予定は無かったのですが、受ける事を促すような事も起こり自分と両親の分もギリギリで申し込めました。申し込んだ後は安心感で満たされました。絶望を解放できる機会というのはなかなかないんだろうなと思いました。まだ未来を明るくイメージはできない状況なのですが、あやさんのワークを受けると髪がとてもキレイになるので深いところで変化しているのだろうと感じました。貴重な機会をありがとうございました。
▶すごいワークです。誰もが輪廻している間に絶望の経験をしていると思います。そこの記憶を癒すとこんなに軽くこだわりがなくなるのか!と実感します。深い部分の癒しは本当にお勧めします!
▶絶望感を抜け出す、きっかけの1つになると思います。軽くなる感じがします。
▶LOVINGは受けて損はなく、相当の変容があり、それが心地よいです。
▶誰しも順風満帆の時期だけでなく、絶望や挫折を感じ、諦めの気持ちに呑み込まれ、動けなくなった時期があると思います。その時の諦めが無意識の内に制限や足枷となって、自分の可能性を狭めているのは勿体ないことだと、アウロラカンタータを受けて思いました。自分の現在の状態や未来に対して、言葉にできないもどかしさを感じ、本来の可能性を奪還したいと願われている方に、是非受けていただきたいLOVINGだと思います。
▶押し込むエネルギーから解放された‼️という感覚が一番大きいです。絶望感との向き合い方の違いかもしれないですが、わたしのように顕在化していないと、自覚できなくて絶望感を認知していない分エネルギー状態はより重たかったと感じます。これからまた色々な場面で軽さを体感できるし不安や心配のグルグル巻きから解放されたと思うと本当に嬉しいです。絶望感があるかわからないけどなんか気になる人は是非受けると体感覚で味わえると思います。

ご感想枠2下ブルー

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