< 愛することに意識を向ける>

 

愛されない。愛してもらいたい。

大切にしてほしい。

 

そういうご相談を時々いただきます。

 

そういう方に『自分の方は愛していましたか?』

と聞いてみると、自分も愛せていなかったという

答えが返ってきます。

 

そもそも、愛されていないとか、大切にしてほしいのに

思うように大切にされないといった問題を抱えている場合

 

殆どが、自分も自分が望むようには愛してもいないし

大切にしていないケースが殆どですし

 

もし、自分は心から愛しているのに

相手は愛してくれない、自分は大切にしているのに

相手は大切にしてくれない というならば

 

そのことを気にしている時点で

見返りや承認欲求だということがわかります。

 

愛とは、完結しているもの。

何かを得るために、頑張ろうとしていることは

見返りや利用や承認欲求なのです。

 

愛を得ようとしていることも同じ。

 

愛されていない自分を嘆いたり、愛されない自分自身の

ルーツやどうして自分がそうなってしまったのかを

問うたりするのを終わりにしていきましょう。

 

大切なことをお伝えしておきます。

 

1、人は、それぞれ、愛することができる能力値が違うんです。

 

傷ついていたり、問題が重なっていたりすると

愛することがあまりできません。

 

だから、<その人が愛する最大限で愛しているか>

というところを見るのが大切。

 

2、どんなに愛していたとしても、人間は生きている限り

その時々の都合や状況で、相手の望みを叶えられないこともあります。

 

だからと言って、愛していないわけじゃないんです。

 

この2つのことを、完全に理解していくと、自分が思っていた

以上に愛することを努力してくれていたんだなとか

愛してくれているんだなということばかりが

見えるようになっていきます。

 

様々なジャッジがありますが、<愛さない>とか

<大切にしない>というのも、ジャッジなんです。

 

こうしたジャッジを手放して、いつでも何でも自分の望み通りを

叶えてくれる存在など、妄想であり、いないんだということを

わかっていくことが、愛されるということを知っていく

始まりなのではないでしょうか。

 

愛されないと感じていても、既にたくさんの愛を受け取っている

それが、真実なのです。